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平成初期、ホコ天から現れた“伝説のバンド”の衝撃 ぞうきんを題材にした“擬人化ソング”とは

  • 2025.12.27

「34年前の今頃、どんな音が教室の空気を揺らしていたか覚えてる?」

平成がすべり出したばかりの1991年。バブルのきらめきはまだ街に残っていたけれど、教室の窓の外には、どこか現実的な風が吹き始めていた。新品の上履き、チョークの粉、放課後のざわめき。そのど真ん中に、妙に引っかかるタイトルの1曲が流れ込んでくる。

BAKU『ぞうきん』(作詞・作曲:車谷浩司)――1991年2月1日発売

古いタオルが雑巾へと“格下げされていく”日常を題材にしたこの曲は、一度聴いたら忘れられないインパクトで、当時の若いリスナーたちの記憶に深く刻まれた。

擦り切れたタオルから生まれた、ちょっとヘンなヒーロー

BAKUは、1989年に結成されたバンドで、原宿のホコ天を拠点に一気に注目を集めた存在だ。わずか数年で全国区の人気を獲得し、バンドブームの中でも“主要バンド”のひとつとして語られるようになっていく。

そんな彼らの2枚目のシングルとしてリリースされたのが『ぞうきん』。歌詞の題材になっているのは、雑巾にされていく古いタオル。授業で「明日は雑巾を持ってきなさい」と言われる、あの何気ないシチュエーションを、タオル側の視点から描いた“擬人化ソング”として知られている。

学校という誰にとっても身近な場所を舞台にしながら、そこに“ちょっと不思議で愛おしい主人公”を立ち上げてしまう発想。この距離感こそが、『ぞうきん』のキャラクターを唯一無二のものにしている。

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BAKU。左から加藤英幸、谷口宗一、車谷浩司ー1993年撮影(C)SANKEI

軽快なビートに乗った“歌える歌”の強度

サウンド面での『ぞうきん』は、いかにもBAKUらしい軽快なビートと、耳に残るポップなメロディが核になっている。ジャンルとしてはロックに分類されるが、その手触りはあくまで“歌えるポップス”。10代の素朴な感性と、ストレートなバンドサウンドが混ざり合ったテイストだ。

テンポ感のあるリズムの上で、ギターはきらっとしたコードワークとリフを織り交ぜながら、曲全体を明るく押し出していく。その一方で、メロディラインは意外なほど流麗で、サビに向かって自然と高揚していく構成になっている。

ボーカルの谷口宗一が乗せる声もまた重要だ。過度なシャウトや力技ではなく、10代の少年らしいフラットな感触の声で歌い切ることで、教室にいるひとりの生徒がぽつりと語り出しているような雰囲気を生んでいる。そこにギター・車谷浩司のソングライティングが重なって、バンドとしての“等身大の輪郭”が浮かび上がってくる。

バンドブームのただ中で掴んだ“初のトップ10”

『ぞうきん』は、BAKUにとってもターニングポイントとなる1曲だった。シングルランキングでは、彼らにとって初めてのトップ10入りを記録。

当時、バンドシーンは群雄割拠状態。テレビ番組発の人気バンドから、ストリート出身のロックバンドまで、多数のグループがチャートを賑わせていた。そんな中で、原宿ホコ天発のバンドであるBAKUが、教室と雑巾をモチーフにした楽曲で全国区のヒットを飛ばしたという事実は、かなり特異でもある。

『ぞうきん』は“社会を象徴する大テーマ”ではなく、本当にささやかな日常を題材にしている。タオルが雑巾になり、教室で使われ、やがて役目を終えていく。その一連の流れを、あくまで淡々と、でもどこか切実に描いた歌の世界。

難解なメッセージではなく、誰もが口ずさめるメロディとビートで構成されたポップソングだからこそ、聴いた瞬間にあの頃の教室の匂いや、床の冷たさ、黒板の色までふっとよみがえってくる。

34年経った今聴いても、そこにあるのは奇をてらったネタではなく、当時の10代が持っていた視線そのものだ。掃除の時間のざわめき、廊下の光、黒板の端っこに残る白い粉。『ぞうきん』は、そんな小さな記憶を、そっと磨き上げてくれる一曲なのかもしれない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。