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19年前、曖昧な感情を表現した“音の革命” アンバランスさが惹かれるワケ

  • 2025.12.26

19年前、街の空気はどこか軽やかなのに、心の内側には説明しきれない重さが残っていなかっただろうか。1月末、コートの中にしまい込んだ感情が、ふとした瞬間に顔を出す。強がって笑ってはみるものの、理由のない不安や、名前のつかない寂しさが、日常の隙間に漂っていた。

そんな空気の只中で、この曲は静かに、しかし確かな存在感を放っていた。

YUKI『メランコリニスタ』(作詞:YUKI・作曲:蔦谷好位置)――2006年1月25日発売

ソロデビュー以降、YUKIは一貫して“かわいらしさ”と“鋭さ”を同時に鳴らしてきた。そのバランスが、最もポップな形で結実したのが、この13枚目のシングルだった。

揺らぎを抱えたまま立つということ

『メランコリニスタ』というタイトルは、一見すると内省的で、どこか影を感じさせる。しかし実際に流れてくる音は、驚くほど軽快で、跳ねるようなリズムを持っている。このアンバランスさこそが、この楽曲の核だ。

蔦谷好位置によるメロディは、過度に感情を煽らない。起伏はあるが、劇的に転ばない。その代わり、一定の温度を保ったまま、淡々と前へ進んでいく。その上に乗るYUKIの歌声は、透明でありながら、どこか人懐っこい質感を帯びている。

明るいのに、浮かれきらない。前向きなのに、無理をしていない。

その絶妙な立ち位置が、当時のリスナーの感情と静かに重なった。強くなりきれない自分を否定せず、そのまま立っていてもいいのだと、音楽そのものが語りかけてくるようだった。

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2004年、渋谷パルコのクリスマスツリー点灯式に出席したYUKI(C)SANKEI

ポップスとしての完成度、その裏側

この曲が印象的なのは、音数を抑えつつも、決して寂しくならないアレンジにある。全体はしっかりとした輪郭を持ち、耳に残る。YUKIのボーカルも、感情を過剰に乗せることはない。言葉を前に出すというより、メロディと並走するように配置されている。

その結果、聴き手は歌に引っ張られるのではなく、自分の感情をそっと重ねる余地を与えられる。派手なメッセージを掲げなくても、ポップスは人の心に届く。そのことを、この曲は自然体で示していた。

時代の気分とリンクした軽やかな憂鬱

2006年という時代は、前向きな言葉が溢れる一方で、個々人の不安がより可視化され始めた頃でもあった。頑張ることが美徳である一方、疲れていることを口にしにくい空気もあった。

『メランコリニスタ』は、そうした時代の隙間にすっと入り込む。“元気じゃない自分”を、そのまま肯定するポップソング。だからこそ、この曲は長く聴かれ続けている。

落ち込んでいるわけではない。でも、晴れきってもいない。

そんな曖昧な感情を、無理に言語化せず、音楽として差し出したこと。それが、この楽曲を特別なものにしている。

軽やかに残り続ける余韻

『メランコリニスタ』は、時代を象徴する大仰なアンセムではない。けれど、ふとした瞬間に思い出され、今の自分の感情と静かに重なる。

それはきっと、19年前だけでなく、これからも変わらない。気持ちが少し揺れているとき、人はこうした音楽を必要とする。軽やかで、少しだけ憂鬱。それでも、前へ進んでいける。この曲は今も、そんな感情の居場所として、そっと鳴り続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。