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35年前、ビートたけし主演ドラマで流れた“童歌”の響き 派手さはナイのに“忘れられない”ワケ

  • 2025.11.29

「35年前の冬、夕暮れの街がどんな色をしていたか覚えてる?」

1990年。街のざわめきの奥には、どこか“説明しづらい静けさ”が横たわっていた。景気はまだ明るいとされていたけれど、駅前を吹き抜ける風や、日暮れの影の長さに、得体の知れない不安が混じり始めた頃だ。そんな季節の空気を、まるでそのまま掬い取ったような一曲がある。

たま『夕暮れ時のさびしさに』(作詞:知久寿焼・作曲:たま)――1990年12月10日発売

異色のアーティストとして注目を集め始めた“たま”が放った3枚目のシングル。ビートたけし主演のTBS系ドラマ『浮浪雲』の主題歌として、当時のテレビからもしっとりと流れていた。

夕暮れの風景と、たまの音楽が重なった瞬間

“たま”というバンドは、1990年代の音楽シーンの中でも特に特異な存在だった。アコースティックな編成で、どこか童歌のような響きと、日常の隙間をそっとすくい上げるような歌詞。その世界観は、派手さとはまったく無縁でありながら、一度触れると忘れられない余韻を残す。

『夕暮れ時のさびしさに』は、知久寿焼の作詞による叙情的な言葉と、たま全体の独特の音色が重なり、まさに“夕暮れの空気そのもの”を描き出す仕上がりになっている。ドラマ『浮浪雲』の世界観にも寄り添いながら、たまの持つ静けさと温度が、そのままリスナーの胸に届いた。

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1990年、第32回日本レコード大賞で歌うたま・知久寿焼(C)SANKEI

そっと胸に触れる、たま特有の“やわらかな寂しさ”

この曲が放つ最大の魅力は、“言い切らないまま残される余白”にある。

メロディは大きく跳ねたり、劇的に盛り上がったりはしない。低い温度のまま淡々と進みながら、しかし夕暮れの影のようにじわりと心に染みてくる。

知久寿焼の声は、語りとも歌ともつかない独自の質感で、聴く側の感情を強引に揺さぶるのではなく、“そっと寄り添うように触れてくる”。だからこそ、曲名の通り、夕暮れの寂しさが自然と胸に広がっていく。

この“控えめな情感”こそが、派手なアレンジや強いフックが主流になりつつあった1990年当時において、逆に強烈な印象を刻むことになった。

“記録”ではなく“記憶”に残るタイプの名曲

『夕暮れ時のさびしさに』は、いわゆるセールス面で語られるタイプの曲ではない。しかし、静かな季節風のように、触れた人の胸に長く残り続ける。

激しいインパクトではなく“気づけば思い出してしまう”、そんな余韻を持つ曲だ。

冬の夕暮れ、街灯がともり始める時間帯にふと耳にすると、1990年の街の匂いや、テレビから流れてきた主題歌のあの温度が、今もそっと蘇る。

たまの楽曲は、時代の波に左右されず、ずっと“そこに在る”ように佇んでいる。それが、この曲を特別なものにしている理由だろう。そして、夕暮れの寂しさは、今聴いても変わらない。静かに寄り添い、ふと胸を締めつける。そんな“時間を越える情景”が、この曲には確かに残っている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。