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35年前、大人気ボーカルが“初ソロ”で放った1曲 TUBEの“夏の声”を消したワケ

  • 2025.11.30

「35年前、こんな“空気を読まない恋の歌”が街に流れていたって、覚えてる?」

1990年という年は、まだバブルの余熱が残りつつ、どこかで“先が見えない気配”が漂い始めていた。ネオンは眩しい。でもその奥では、不透明さを抱えた恋や人間関係が少しずつ浮かび上がっていたように思える。

そんな時代の“ざらついたムード”をそのまま閉じ込めたような1曲が、冬の入り口にひっそり姿を見せた。

前田亘輝『D・A・M・E』(作詞:前田亘輝・作曲:前田亘輝、UNI)――1990年11月21日発売

TUBEのボーカリストとして絶大な人気を誇っていた前田亘輝が、初めて“ソロ”という形で放った1曲。爽やかな夏ソングのイメージとは明らかに異なるその世界観は、多くのリスナーにとって小さな衝撃だった。

漂う空気が揺れていた頃、現れた“前田亘輝の素顔”

1990年は、まだ誰もが“自信のあるふり”をしていた時代でもある。街は明るい。でも心の中は、ほんの少しだけ不安で、誰にも見せたくない弱さが潜んでいた。

ソロとしての前田亘輝は、TUBEでは描ききれなかった“人間の揺れ”に真正面から触れにいく。甘さや爽快感よりも、もっとリアルで、もっと身近な葛藤。その“等身大の温度”が、この曲の魅力の核になっている。

冒頭は前田の声だけが静かに宙を漂い、その後ギターが鋭く割り込む構成も象徴的だ。暖かい海辺の風ではなく、ひんやりした夜道の空気が流れ込んでくるような質感。そこにはTUBEで見せるものとは“別の顔”が生々しく息づいている。

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2025年、TUBE40周年記念ライブツアーでの前田亘輝(C)SANKEI

率直すぎる言葉が物語る、時代の“価値観”

この曲には今の時代なら議論を呼びそうな価値観や表現が散りばめられている。

だがそれこそが、1990年という時代の空気をそのままパッケージした証拠でもある。当時の恋愛観、男女に求められていた役割意識、軽さと重さが同居する恋の温度感。それらが“隠さず、取り繕わず”描かれている。

恋の駆け引き、勝手さ、弱さ、甘さ、そしてどうしようもない衝動。“きれいごとにまとめない恋”を歌うことで、逆にリアルな親密さが立ち上がってくる。

そのあたりは前田の作詞スタイルにも共通する部分で、情緒よりも「本音の直球」をそのまま投げ込んだような荒々しさが魅力でもある。

ロックナンバーとしての存在感と、隙のないサウンド

『D・A・M・E』はロックナンバーでありながら、どこか歌謡曲的な湿度を帯びている。ギターの鋭さ、ビートの強さに対して、メロディ自体はどこか哀愁を含み、前田の声がその二面性をうまく結びつけている。

TUBEで聴く“夏の声”とは違い、この曲の声色は低く、乾き気味で、余計な飾りを削ぎ落とした印象が強い。

JT「SomeTime LIGHTS」CMソングとして使われたことで、深夜の街、人知れず揺れる感情、そうした映像的イメージも相まって、曲そのものが“90年代初頭の空気の断片”として記憶に残っていく。

ソロ1作目に込められた“前田亘輝の意志”

前田亘輝のキャリアにとって『D・A・M・E』は、ソロとしての方向性を示すスタート地点だった。TUBEの延長ではなく、もっと個人的で、もっと生々しく、もっと脆い感情に手を伸ばす作品。この1曲が“数字では測れない存在感”を持っていたことは確かだ。

この曲にあるのは、かっこつけたラブソングではなく、時代の淀みや恋の不安定さを真正面から描いた“生きた感情”。だからこそ、再び聴くと胸の奥がざわつき、どこか昔の自分がこっそり顔を出す。

35年前の空気をまるごと閉じ込めたような1曲。『D・A・M・E』は、時代の価値観も、恋の温度も、そのまま刻み込んだ“小さな90年代の化石”なのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。