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35年前、“恋が始まる瞬間”を描いた飾らないメロディ 切ないのに高揚するワケ

  • 2025.11.30

「35年前の冬、どんな風が街を走っていたか覚えてる?」

1990年の年末。イルミネーションが街を照らし、仕事帰りの人たちの足取りにはどこか“浮き立つ気配”が混じっていた。まだ景気の熱気が残りつつも、胸の奥では、何かが静かに動き出しそうな予感がしていた。

そんな冬の空気とテンションにぴったり寄り添うように流れてきた一曲がある。

大江千里『あいたい』(作詞・作曲:大江千里)――1990年12月1日発売

映画『スキ!』の主題歌として制作されたこの曲は、明るく、軽快で、前に進みたくなるようなポップチューンだ。歌詞には切なさも滲むが、気持ちは沈まず、むしろ高揚していく。そんな“冬の恋のスピード感”がまっすぐに刻まれている。

都会の空気とともに弾む“あの疾走感”

『あいたい』最大の魅力は、聴いた瞬間に気分が前へ走り出すような軽快さだ。

大江千里が得意とする跳ねるピアノ、ポップなコード感、そこにのる伸びやかなメロディ。そして、そのポップさを都会的に照らすのが、小室哲哉による編曲だ。彼のシンセワークが、過剰に走らずに、曲のスピードを丁寧に支えている。

明るいのに切なく、切ないのにどこか前向き。この絶妙な温度が、冬の街で聞くとやけにリアルに胸へ入ってくる。

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大江千里-1999年撮影(C)SANKEI

映画『スキ!』と自然に重なる音

主題歌となった映画『スキ!』は、大江千里と島崎和歌子が主演をつとめ、脚本は野島伸司が担当している。この映画のポップで少しファンタジックな空気に、『あいたい』の弾むテンションは驚くほど自然に馴染んでいた。

主人公たちの“気持ちが走り出してしまう瞬間”を、曲がまっすぐ後押しする。だからこそ映画館で流れた時の高揚感は、今でもはっきり思い出せる。

大江千里が描く“真っすぐな恋心”の強さ

大江千里はこの頃、提供曲もヒットを連発し、ポップ職人としての評価を確立し始めていた。『あいたい』のメロディには、彼らしい“飾りすぎない、でも繊細すぎない”恋の温度が刻まれている。

サビへ向かう高揚感、心が浮くような跳ねるコード進行、声の伸び。恋の迷いや葛藤を歌っているのに、曲全体は明るく前を向いていて、“気持ちは止められない”というエネルギーがそのまま音に乗っている。

冬の風が冷たくても、街の明かりがまぶしくても、心の奥で確かに誰かを思ってしまう。その瞬間のスピード感や温度を、大江千里のメロディは真っすぐに描いている。

冬の恋に“体温”を与えてくれたポップソング

冬の恋に“体温”を与えてくれたポップソング

『あいたい』は累計で20万枚を売り上げた。冬の空気とともに確かな温度を残した一曲だ。恋の切なさを抱えながらも、どこかで踏み出さずにはいられない、その“勢い”が、軽快なリズムとまっすぐなメロディに鮮やかに封じ込められている。

背中を押すようにリズムが弾み、気持ちが自然と前に転がっていく。35年前の冬の街に鳴り響いていた、あの明るいビートは、今聴いても胸の奥にほのかな熱を灯す。

きっとこの曲が捉えていたのは、“恋が動き出す瞬間のスピード”そのものだったのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。