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25年前、静寂の中で揺れた“壊れそうな衝動” 最終章で放たれた“切実なビジュアル系ロック”

  • 2025.12.2
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※Google Geminiにて作成(イメージ)

「25年前の夏、あなたはどんな音を聴いていた?」

2000年という“世紀の切れ目”は、街の空気に妙なざわつきと高揚、そして少しの孤独が混ざっていた。渋谷のスクランブル交差点に立つと、雑踏の向こうから流れてくるギターリフがやけに鋭く感じられたのを覚えている。華やかさの裏で、人々の心の奥にはまだ名前のない不安が沈殿していた季節だ。そんな揺れる時代の只中に、ひっそりと、しかし確かな熱量をまとってリリースされた1曲がある。

ROUAGE『肌色。』(作詞:KAZUSHI・作曲:RAYZI)――2000年7月26日発売

このシングルは、翌年3月に活動停止したROUAGEにとって、事実上のラストシングルとなった。メジャーシーンの端でありながら、彼らだけが持つ“湿度と衝動”が最も鋭く刻まれた一枚だ。

静かに幕を閉じるバンドが放った、最後の光

ROUAGEは、1993年に愛知で結成された4人組ロックバンド。ビジュアル系黎明期の波に乗りながらも、王道の“派手な世界観”とは少し距離を置き、都市的で冷たい質感と、内側にこもる情念をあわせ持つ独自のスタイルを築いてきた。

メンバーの佇まいも、音も、どこか徹底して“孤独”を抱えている。それが彼らをコアなリスナーから強く支持される理由だった。

そんなROUAGEが、活動末期に辿りついた到達点が『肌色。』だ。タイトルの余白の多さに、まず胸がざわつく。触れれば消えてしまいそうなほど脆く、しかし生々しく、痛みに手が届く距離にある言葉。その感覚は、曲を聴くとさらに強まる。

触れられるほど近い“ひりつく質感”

『肌色。』の最大の魅力は、その“温度の近さ”だ。イントロから漂う静かな緊張感。RIKAとRAYZIのギターは鋭さを抑え、どこか湿った質感でじっくりと曲の輪郭を描く。その控えめさが逆に、心の奥を刺すほどの存在感を放っている。

ボーカルKAZUSHIの声は、激しく叫ぶわけでもなく、過剰に泣き叫ぶわけでもない。ただ、淡々と、でも確実に“揺れている”。

その微細な揺らぎが、聴く者の内側にそっと入り込み、「あの頃、自分もこうだったかもしれない」と、どこか個人的な記憶を引き寄せてくる。

加えて、SHONOが生み出すタイトなリズムが、曲全体を都市的なムードへ導いている。密室の空気の中で鳴らされているような、生々しく閉じた質感。それが“ラストシングル”という背景と重なり、ひとつの物語を形づくっている。

バンドの終わりに漂う“静かな重力”

ROUAGEは、派手なヒットに恵まれたバンドではない。それでも彼らがシーンに残した影響は小さくない。90年代後半のビジュアル系の中で、ロックの暗さや都市の孤独を真正面から受け止めようとした数少ない存在だった。

『肌色。』には、その姿勢が最後まで貫かれている。

曲中に見られる抑制、余白、淡い衝動。それらは「盛り上げる」ためではなく、「残す」ために選ばれた音だ。どこか終わりを察しているような美しさが漂っている。

そして何よりも、KAZUSHIの声が、まるで“言葉にならない想いを抱えたまま、ぎりぎりで生きる人の息遣い”のように響く。そのリアルさこそ、この曲を特別なものにしている理由だろう。

“消えていく音”が、なぜこんなにも心に残るのか

2000年という転換点の空気と、活動停止間近のROUAGEのムード。この二つが重なり合った時、『肌色。』はただのシングルではなく、“余韻として残る音”になった。

もし今聴き返したなら、当時よりも深く共感できる人も多いはずだ。あの頃には気づけなかった感情が、音の温度としてすっと蘇る。静かで、壊れそうで、どこか懐かしい。ROUAGEは最後に、そんな“肌で感じる音”を残していった。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。