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35年前、正統派アイドル→アーティストへの昇華 「90年代の音」を先取りしたメロディ

  • 2025.11.24

「35年前の冬、誰かの“ため息”が街に溶けていたのを覚えてる?」

1990年。バブルの光がまだ街を包みながらも、少しずつ次の時代の気配が漂いはじめていた。浮かれたような空気の裏で、人々の心には“静かな寂しさ”が忍び込んでいた頃。そんな時代の境界線に、ひとつの恋の歌が生まれた。

南野陽子『KISSしてロンリネス』(作詞:亜蘭知子・作曲:織田哲郎)――1990年11月21日発売

ビーイングの作家陣による楽曲提供で、編曲は明石昌夫。浅田飴のCMソングとしても知られたこの曲は、アイドルからアーティストへと変わっていく南野陽子の、静かな進化を刻んだ一枚だった。

ビーイングブーム“前夜”の煌めき

『KISSしてロンリネス』が発表された1990年は、後に“ビーイング黄金期”と呼ばれるムーブメントのまさに始まりの年だった。この年、B.B.クィーンズ『おどるポンポコリン』が大ヒットし、織田哲郎や明石昌夫の名前がじわじわと注目されはじめる。

だが、ZARDやWANDSらが登場するのは翌1991年以降。つまりこの曲は、ビーイングサウンドがまだ“兆し”でしかなかった時代に放たれた先駆的な一曲なのだ。

明石昌夫の手によるアレンジは、80年代アイドル歌謡の甘さを残しつつも、シンセサウンドの立体的な構成で“90年代の音”を先取りしていた。織田哲郎のメロディラインもまた、明るさと切なさを絶妙に交錯させ、のちのJ-POPの骨格を思わせる完成度を見せている。

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1995年、映画『三たびの海峡』製作発表会に出席した南野陽子(C)SANKEI

ナンノが見せた、新しい女性像

南野陽子の歌声は、恋の繊細な温度差を、まるで冬の息のようにやわらかく包み込んでいる。アイドルとしての煌びやかさよりも、透明感のある声の余韻が印象的で、感情を抑えた表現が逆にリアルな深みを生み出す。

まるで“恋をしたあとの静けさ”そのものを音にしたような、成熟した響きがある。

80年代後半、「ナンノ」の愛称で絶大な人気を誇った南野陽子。『話しかけたかった』『吐息でネット』といったヒットで“正統派アイドル”の象徴だった彼女にとって、『KISSしてロンリネス』は新たな挑戦でもあった。

可愛らしさの裏に潜む大人の表情。どこか遠くを見つめるような視線。そのすべてが、この曲の雰囲気と呼応している。アイドルから“女性アーティスト”へと移行していく第一歩として位置づけられるだろう。

90年代ポップスの地図が描かれた瞬間

『KISSしてロンリネス』の音作りやメロディ構成をあらためて聴くと、その後のZARDやWANDSが築いたビーイング・ポップスの原型が随所に見える。透明感のあるシンセ、跳ねるようなベース、そして感情を抑えたボーカル。それは、まだ名前のついていなかった“90年代J-POPの音”の最初の輪郭だった。

南野陽子の清潔感と繊細な存在感が、織田哲郎の都会的なメロディと出会ったこの瞬間。それは、時代がそっと次のページをめくる音でもあった。ビーイングブームが始まる前の、静かな鼓動――それが『KISSしてロンリネス』の正体なのだ。

今、あの冬の静けさを思い出すとき

派手なヒットではなかったかもしれない。けれどこの曲には、時代の変わり目を見つめる眼差しがあった。煌びやかなバブルの街の片隅で、ふと立ち止まったときに聴こえてくるような、心の奥をやさしく撫でるメロディ。

35年経った今でも、『KISSしてロンリネス』を聴くと、あの頃の冬の匂いがよみがえる。少し寒くて、少し寂しくて、それでも優しい――そんな時代の記憶とともに。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。