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30年前、TKサウンドを離れ“井上陽水”に託したメロディ 「不完全さ」に惹かれるワケ

  • 2025.11.23

「30年前の冬、あなたはどんな音を聴いていた?」

街に漂う冷たい風が、どこか心の奥をくすぐる季節。クリスマスソングが鳴り響く中、ひとり静かに自分と向き合うような時間があった。そんな1995年の秋の終わりに、篠原涼子が放った1曲は、きらびやかな時代の空気から少し離れた“内省のポップス”だった。

篠原涼子『ダメ!』(作詞・作曲:井上陽水・編曲:CHOKKAKU)――1995年11月22日発売

それまでの彼女を支えてきた小室哲哉プロデュースから離れ、新たな音楽的アプローチへと踏み出した転機の作品だ。

陽水が描いた、“拒絶の向こう側”のやさしさ

井上陽水が篠原涼子に楽曲を提供した――このニュースは当時の音楽ファンを少し驚かせた。「愛しさ」や「切なさ」といった直球の感情を歌ってきた彼女に、井上陽水という名前はどこか異質にも映ったからだ。

しかし、聴いてみればわかる。『ダメ!』は、井上陽水ならでは“余白のある感情表現”が貫かれたポップスだ。メロディはゆるやかで、わずかにジャジーで、かつオリエンタルな雰囲気が漂う。都会の夜の片隅、街灯の下で足を止めるような感覚を覚える。

井上陽水が書く楽曲には、常に“見えない情景”がある。『ダメ!』もまた、直接的な悲しみや痛みを語らずに、心の揺らぎそのものを音で描いている。その曖昧さが、篠原涼子の少し影のある声と重なったとき、言葉にならない感情が浮かび上がる。

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篠原涼子-1997年撮影(C)SANKEI

小室サウンドの向こうにあった、“自分の声”

前作まで続いた小室哲哉プロデュース期では、篠原涼子の歌はどこか「スタイルの一部」として機能していた。それは華やかで、完成された世界だったが、“篠原涼子という個の声”は、まだその奥に隠れていたのかもしれない。

『ダメ!』での彼女は、まるで別人のようだ。力強くも、どこか不安げな響き。声の震えや息遣いの隙間までが、そのまま楽曲の一部として聴こえる。完璧ではない。だが、その不完全さこそが人間味を宿していた。

CHOKKAKUによる編曲は、陽水のメロディを現代的に整えながらも、無機質になりすぎない“温度”を保っている。電子音と生楽器の境界をあえてぼかしたサウンドデザインが、彼女の声を優しく包み込む。

小室哲哉から井上陽水へ――この作家の交代は、単なるプロデュースの変更ではなく、篠原涼子が“声で生きる表現者”へと歩み始めた第一歩だったのだ。

静かな夜に、今も残る声

当時のJ-POPは、華やかさと勢いに満ちていた。どれもが、前へ突き進むサウンドを奏でていた。だが『ダメ!』は、まるでその喧騒に背を向けるような静けさを持っていた。

『ダメ!』がリリースされた1995年、篠原涼子はまだ22歳。だが、この曲には年齢以上の成熟が漂う。愛の世界でもがく女性の姿を描いていながら、悲嘆よりも“自立”の空気がある。誰かにすがるのではなく、静かに夜を歩き出すようなラストの余韻。それは、俳優としても確実に表現の幅を広げていく彼女の姿と重なる。

30年の時を経た今、改めて聴くと、この曲には不思議な“余白”がある。それは、聴く人が自分の感情を重ねられる余白。“派手ではないけれど、確かに心に残る”――そんな音楽が時代を超えて残るのだと思う。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。