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大変革期のファッション界の今。改めて、ブランドの価値とは?

  • 2025.10.1
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ずいぶん前のことだが、いつも一風変わった服装で仕事場に現れる著名人がいた。服はすべて妻が見立てて用意し、当人はそれをただ着て出てくるという。ハイブランドのロゴもよく身につけていたので好きなのかと問うと「僕は本当は毎日同じ着古しのシャツデニムでいいんだよ。ブランド物も興味ない。僕自身がブランドだからね」。素朴な人柄かと思いきや、強烈な自負を語るのだった。クセの強い人ではあったが、確かに周囲に彼に憧れる人は多く、信奉されていた。妻の見立てに身を包んで一種独特のファッションセンスを印象づけていたのもまた、ブランド戦略だったのかもしれない。

ブランドの価値って、なんだろう? リーマンショックの打撃から世界が未だ回復していない中で組まれた2010年8月号の「BRAND REVOLUTION」特集で、当時の編集長は繰り返しそう問うている。真摯な問いからは、『VOGUE NIPPON』(当時のタイトル)を率いる使命感と矜持も窺える。単なる消費ではなく他人の模倣でもなく、時代の空気を身に纏い、自ら新しい風となる喜びに多くの人が出会えますように。特集は、そんな祈りの込められた濃密な内容だ。ハイブランドのデザイナーたちへのロングインタビューに加え、自身がデザインしたフェンディの服に身を包んだ安室奈美恵をフォトグラファーとしてカール・ラガーフェルドが撮影した作品や、エリオット・アーウィットが宝塚スターを撮った写真も掲載されている。安室奈美恵や宝塚は「ほかに代わるものがなく、時間をかけて誰にも追いつけない価値を生み出したもの」で、「ブランドの存在価値は同じ時代を生きる私たちの誇り」だと編集長は綴る。

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それから15年が経った。コロナ禍明けの需要回復とインフレでハイブランドは軒並み尋常ではないペースで値上げし、巨額の利益を上げた。しかしここへきて、ブランドも明暗が分かれている。最上層の超富裕層に支持されるエルメスの堅調さが目立つ一方で、富裕層に憧れる人々の旺盛なブランド消費は急速に落ち込みつつある。経済格差は一層深刻化し、社会不安と富裕層嫌悪が強まっている。ジェーン・バーキンが愛用していたエルメスのバーキンがオークションにかけられ、日本人起業家が14億円ほどで落札したことを報じる記事には「そのお金で飢餓に苦しむ子どもを救え」と批判コメントが寄せられている。15年前の誌面では揺るがぬブランドを体現していると讃えられた宝塚歌劇団では、近年になって苛烈なハラスメントが長年放置されていたことが判明し、ブランドイメージは大きく変わった。自分らしさを貫く自立した女性の象徴だった安室奈美恵さんに憧れた女性たちは40代になり、家や職場でジェンダーギャップに直面している。

そんな中、今シーズンはGUCCIDIORCHANELBALENCIAGAなどのメガブランドのデザイナー交代が重なって、大きな話題を呼んでいる。デザイナーは今や服のデザインだけでなく、ブランドの隅々に至るまで目配りをし、新鮮なイメージを創出するために膨大な仕事量をこなさねばならない。各ブランドがどのように変化するのか、「地殻変動」が起きるという期待もあるという。同時に、シャネルのように貴重な職人の技術を保存し継承していくための投資を惜しまないブランドもある。文化への貢献に加え、労働者の搾取や環境破壊に加担しないビジネスのあり方が、心ある消費者からは厳しく求められるようになっている。

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そんな最先端モードとハイブランド消費で沸き立つ世界の周縁にひっそりと生息するファッション凡夫の私は、昨年から15年ぶりに和服を着るようになった。和服もまた贅を尽くせば青天井の世界であり、富裕層と中間層では消費の仕方が異なる。私のように20年以上前に数枚あつらえたなけなしの着物を地道に着まわすのは、代わり映えもインスタ映えもしないが、しかしそれが可能なほど、いいものは非常にコスパがいい。着物も帯も形が決まっているので、きちんと手入れしていれば何十年も何世代も着られるのだ。着物は解いて繋げば元の一枚の布(巻いて反物になっているあの状態)に戻るので、寸法や色を調整して同じ生地を何度でも仕立て直すことができる。しかしそれをやってくれる腕のいい職人さんがどんどん減っている。糸の生産者や織り手など、さまざまな匠たちの高齢化と後継者不足で、丁寧に作られるいいものは年々希少化し、値上がりしているのだ。そして夏の酷暑化で、季節によって着る生地を変える古いしきたりも変わりつつある。「ほかに代わるものがなく、時間をかけて誰にも追いつけない価値を生み出したもの」であり、「ブランドの存在価値は同じ時代を生きる私たちの誇り」という元編集長の言葉を借りれば、まさに和服はそれである。変化に適応しつつ変わらぬ価値を持つブランドを育てるには、人々が何を誇りとするかが問われている。洋の東西を問わず、私たちは今大きな潮目に立っているのだろう。

Photos: Shinsuke Kojima (magazine) Text: Keiko Kojima Editor: Gen Arai

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