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30年前、声で空気を変えた“控えめだけどあたたかい”安らぎポップ “ユーモアを引き算した”大人のバラード

  • 2025.11.12

「30年前の秋、あなたはどんな午後を過ごしていましたか?」

窓辺に射し込むやわらかな光。コーヒーの香り、少し肌寒い風。街のざわめきが遠くに聞こえる午後に、ふとラジオから流れてきたのは、森高千里の穏やかな歌声だった。

森高千里『休みの午後』(作詞:森高千里・作曲:斉藤英夫)――1995年10月10日発売

90年代の真ん中。景気の低迷や社会の不安が色濃くなる中で、人々はようやく“日常のペース”を取り戻し始めていた。派手な夢よりも、穏やかな現実を大切にする空気が広がっていた頃。そんな時代の午後に、この曲はまるで“深呼吸のような音楽”として、静かに寄り添っていた。

やわらかな午後が描く“ひとときの現実”

『休みの午後』は、森高千里にとって26枚目のシングル。テレビ東京系『いい旅・夢気分』のエンディングテーマとしてもオンエアされた。

作曲を手がけたのは、デビュー曲『NEW SEASON』以来、森高作品の土台を支え続けてきた斉藤英夫。彼が森高と共に歩んだ集大成ともいえる作品となった。

アレンジは過度な装飾を避け、アコースティックギターとピアノを中心にした“風通しのいいバラード”。その響きは、都会の喧騒から少し離れた午後の空気をそのまま閉じ込めたようだった。

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森高千里-1999年撮影(C)SANKEI

“森高らしさ”の中に見える大人の余裕

当時の森高千里は、『私がオバさんになっても』(作詞:森高千里・作曲:斉藤英夫)などのコミカルでメッセージ性のある作品で知られていた。しかし、この『休みの午後』では、そんな“等身大のユーモア”をあえて引き算し、言葉よりも空気で語る表現にシフトしている。

声量を抑えた歌声。まっすぐで飾らない発音。どこか“見守るような優しさ”が漂うその歌声には、デビューからの年月を経て得た成熟が感じられた。

歌詞には具体的な情景が描かれているわけではない。それでも、「休みの午後」からはじまるフレーズが、聴く人それぞれの記憶を呼び起こす。“自分のための時間”を思い出させてくれるような包容力が、この曲の最大の魅力だ。

“斉藤英夫との最後”が刻む穏やかな余韻

斉藤英夫は、森高のメジャーデビュー以来、数々の代表曲を支えてきた存在。軽やかなポップスからバラードまで、彼のメロディはいつも“聴く人の生活の中に自然に馴染む”音だった。

『休みの午後』には、そんな二人の信頼関係がにじんでいる。派手な展開や劇的な転調はない。けれど、“静けさの中の豊かさ”がある。最後の共作がバラードであったことは、まるで長い時間を共に過ごしたふたりが、「ありがとう」と穏やかに言葉を交わすようでもあった。『休みの午後』は、彼女の音楽キャリアにおける“区切り”であり、“新しい扉”でもあったのだ。

1995年という年は、激動のニュースが続いた年でもある。多くの人が「普通の日々の尊さ」を再確認し始めていた。そんな時代の空気に、『休みの午後』はぴたりと寄り添った。

煌びやかなポップス全盛の中で、この曲は異彩を放っていた。どこにも急かされず、誰かを責めもせず、ただ“そこにある午後”を描く。何かを頑張りすぎていた人に、「少し休んでいいんだよ」と囁くような優しさが、今聴いても心に沁みる。

時間が経っても変わらない“やすらぎ”の声

『休みの午後』が流れると、部屋の空気が少しやわらぐ。森高千里の歌声は、時を経てもなお、聴く人の心をほぐす力を持っている。それは、派手なメロディでも、高音の技巧でもなく、“日常を肯定する音”だからだ。

忙しさに追われる今だからこそ、この曲の穏やかさはより深く響く。音楽とは、生活の中に寄り添うもの――そう教えてくれる一曲。

『休みの午後』は、30年前も今も、変わらず私たちに「やすらぎ」を思い出させてくれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。