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30年前、“前を向く力”を音にした名曲 優しさが時代を変えたポップロック

  • 2025.11.11

「30年前の街、どんな音が流れていたか覚えてる?」

1995年の秋。CDショップの試聴機には、次々と新しい音楽が生まれていた。そんな中で、新たなステージに向かっていたバンドがいた。激しいロックでも、暗い憂いでもない。もっと軽やかで、前を向くような音へ。

GLAY『生きてく強さ』(作詞・作曲:TAKURO)――1995年11月8日発売

この曲はGLAYが、ポップロックへと踏み出した象徴的な作品だ。初期のダークで情念的な世界観から一転して、明るさと希望をまとったサウンド。その変化は、当時のファンにも強い衝撃を与えた。

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2017年、アルバム『SUMMERDELICS』先行試聴会に登場したGLAY(C)SANKEI

軽やかさの中に宿る“決意”

イントロのギターリフが鳴った瞬間、空気が一気に変わる。疾走感のあるリズムに乗せて、TERUの透明な声がまっすぐに響く。

重く語るのではなく、軽やかに突き抜けるようなメロディ。そこには「生きる」という言葉をポップに昇華した、TAKUROらしい感性があった。

TAKUROは、初期から詞に“人の痛み”や“希望”を描いてきた作家だが、『生きてく強さ』では、そのテーマをより普遍的なメッセージへと変換している。悲しみを美化せず、前へ進む力に変える。そのスタンスが、GLAYの音楽を“時代を超えて聴けるもの”へと押し上げた。

ビジュアル系の殻を破る“新たな風”

1990年代半ばのロックシーンは、いわゆるビジュアル系が隆盛を極めていた。濃密なメイク、耽美的な世界観。だがGLAYは、そこに留まらなかった。『生きてく強さ』は、その象徴である。

髪を振り乱し、叫ぶように歌うのではなく、ポップでキャッチーなサウンドと、どこか温かみを感じる歌声。“見せるバンド”から“聴かせるバンド”へ――その変化が、GLAYという存在を一気に国民的バンドへ押し上げていった。

ライブでもこの曲は重要な転換点となり、観客との一体感を生む定番曲として長く愛され続けている。バンドにとって「生きてく強さ」とは、まさに“音楽を続けていく意志”そのものだったのかもしれない。

編曲とサウンドが映した“ポップロックの夜明け”

この楽曲の魅力を語る上で欠かせないのが、バンド全体のサウンドのバランスだ。ギターの旋律がしなやかに流れ、ドラムは跳ねるように軽快。JIROのベースラインも、これまでよりも柔らかく、メロディを支える方向へと変化している。

TERUの声がその上で心地よく伸びる構成は、後の『グロリアス』や『BELOVED』などのヒットナンバーにもつながっていく布石となった。“激しさではなく、前向きさで心を掴む”――この曲が示した方向性は、その後のGLAYの黄金期を決定づけた。

J-POPが広がっていった時代の象徴

1995年という年は、音楽の聴き方も価値観も大きく変わっていった時期だ。X JAPANやLUNA SEAといった耽美的な世界観のバンドサウンドが目立つ中で、GLAYはそこにポップスの風を吹き込んだ。ロックとポップの境界を曖昧にした先駆者として、彼らは“新しいJ-POP”の形を提示したのだ。

テレビにも積極的に登場し、音楽番組で笑顔を見せる姿は、それまでのイメージを覆した。彼らが作り出した“親しみやすいロック”は、若い世代にとって音楽をもっと身近にするきっかけとなった。

今も響く、“前へ進む力”の歌

あれから30年。時代も音楽の形も変わったが、『生きてく強さ』は今もライブで鳴り続けている。軽快なテンポの中にある優しさ、迷いながらも進む姿を肯定するようなメッセージ。聴くたびに、当時の空気と若さの熱が蘇る。

この曲が伝えてきたのは、「強くあること」ではなく、「それでも生きていこう」というシンプルで確かな祈り。それこそが、GLAYが90年代から変わらずに届けてきた“生きてく強さ”なのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。