1. トップ
  2. 40年前、日本中が涙した“禁断の恋のバラード” 150万枚超を売り上げた哀しみの中に美を宿した名曲

40年前、日本中が涙した“禁断の恋のバラード” 150万枚超を売り上げた哀しみの中に美を宿した名曲

  • 2025.11.5

「40年前の冬、あなたはどんな愛の曲に涙した?」

1985年。景気が少しずつ上向き、街には明るいムードが広がり始めていた。カセットテープの音がかすかに鳴る喫茶店、窓越しに差し込む午後の光。どこかゆったりとした時間が流れていた。そんな穏やかな風景の中で、人々の胸に静かに沁みていった一曲がある。

テレサ・テン『愛人』(作詞:荒木とよひさ・作曲:三木たかし)――1985年2月21日発売

テレサ・テンはこの曲で初めてNHK紅白歌合戦に出場。累計約150万枚を売り上げ、テレサ・テンの代表曲のひとつとして今なお語り継がれている。

静けさの中に燃える愛

『愛人』がリリースされた当時、日本の歌謡界には“禁断の恋”を題材にした楽曲が少なくなかった。だが、テレサ・テンが歌うと、それは単なる悲恋ではなく「人を想うことの純度」そのものに変わる。

彼女の声は、熱ではなく温度差で語る。情念を抱えながらも決して叫ばない。あくまで静かに、穏やかに、心の奥底から“哀しみの美”を浮かび上がらせる

undefined
テレサ・テン-1986年撮影(C)SANKEI

「愛人」という言葉の意味を変えた歌

タイトルにある「愛人」という言葉には、本来なら背徳的な響きがある。だが、この曲が描いたのは、道ならぬ恋ではなく“誰かを想うことの誇り”だった。愛することの苦しさ、孤独、そしてそれでも人を求める心。そうした感情を、テレサ・テンは声ひとつで包み込んでしまう。

彼女の歌には、演技でも技巧でもない“真心”が宿っていた。歌い出しからラストまで、ひとつの物語を語るような息遣い。抑制の効いた歌唱の中に、聴く者の心を揺らす温度がある。

多くの歌手が同テーマを歌ってきたが、『愛人』ほど「悲しみ」を「美しさ」に変えた曲はないと言ってもいいかもしれない。

三木たかし×荒木とよひさ――奇跡の共鳴

作曲を手がけたのは三木たかし。作詞の荒木とよひさとの共作によって、前作『つぐない』を手掛け、本作『愛人』では“悲しみのバラード”ではなく“祈りのような愛の歌”へと昇華した。ちなみに次作の『時の流れに身をまかせ』もこの2人によるものである。

三木の旋律は流麗でありながら、どこか東洋的。荒木の詞は直情ではなく、静かな情念を描く。そこにテレサの透明な声が乗ることで、三者が生み出す“余白の芸術”が完成した。

国境を越えた歌声

テレサ・テンは台湾出身の歌手として、アジア各国で絶大な人気を誇った。どの国でも彼女の歌が愛された理由は、言葉を越えて伝わる“情”にあった。日本語を完璧に操りながらも、どこか異国の響きを残す響き。それが『愛人』という曲に、唯一無二の深みを与えている。

異国の地で歌いながら、日本人以上に“日本の心”を理解していた。だからこそ、『愛人』は国境を越えて、今もアジアの多くの人々に聴かれ続けている。

永遠に続く“未完の愛”

1985年のリリースから40年。人々の恋愛観も音楽の形も変わった。だが、『愛人』の世界だけは変わらない。愛の形は移ろっても、心の奥に潜む“誰かを想う痛み”は、今も同じだからだ。

テレサ・テンの声を聴くと、時代を超えて胸が締めつけられる。それは懐かしさではなく、「今を生きる勇気」を思い出させてくれる音なのだ。彼女が最後に残した微笑みのような歌声は、今もどこかで流れている。そして聴くたびに、誰もが少しだけ優しくなれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。