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「150万円の賠償請求が出た例も」“野良猫”にエサをあげる住民→近隣から苦情殺到…“無責任な餌やり”が招く法的リスクとは

  • 2025.10.26
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出典元:photoAC(※画像はイメージです)

「お腹を空かせた猫が可哀想で…」そんな善意から始まる野良猫への餌やり。しかし、その行為が原因で猫が集まり、糞尿や鳴き声、庭荒らしといった問題が発生し、深刻なご近所トラブルに発展するケースが後を絶ちません。
この問題は、時に大きな法廷闘争にまで発展します。実際、2008年には著名な将棋棋士である加藤一二三・九段が、住んでいた集合住宅で野良猫に餌やりを続けた結果、近隣住民から餌やりの差し止めと損害賠償を求める訴訟を起こされた事例もあります。
今回は、「無責任な餌やり」がどのような法的リスクを招くのか、そしてどのような場合に損害賠償責任を負う可能性があるのか、ベリーベスト法律事務所 齊田貴士 弁護士に詳しく解説していただきます。

野良猫への餌やりは法律や条例で禁止されている?

まず、野良猫にエサをあげる行為そのものを直接的に禁止する法律はありません

「動物を助けたい」という気持ちは尊重されるべきものです。しかし、その行為が原因で周辺の生活環境が悪化した場合、間接的に規制の対象となる可能性があります。

  • 法律(動物愛護法)による規制
    動物への不適切な関与によって周辺の生活環境が著しく損なわれていると自治体が判断した場合、都道府県知事が原因者に対して指導・勧告・命令を出すことができます。この命令に違反すると、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
  • 条例による規制
    自治体によっては、条例で餌やり行為に一定のルールを設けたり、規制したりしている場合があります。例えば、和歌山県や沖縄県竹富町、長崎県対馬市などでは、無責任な餌やりを規制する条例が制定されています。これらは、希少動物の保護や住民の生活環境保全など、地域ごとの事情を背景としています。

つまり、「可哀想だから」という理由だけで、際限なく餌やりが許されるわけではない、というのが法的な位置づけです。

どんな場合に「損害賠償」のリスクが発生する?

では、具体的にどのような状況になると、餌やり行為が法的な責任を問われる「違法行為」と判断されるのでしょうか。

その鍵となるのが、民法709条に定められた「不法行為」です。

弁護士によると、餌やり行為が社会的に許容される限度(受忍限度)を超えた違法なものと判断され、損害賠償責任が発生するのは、以下のような事情が総合的に考慮される場合です。

  • 反復・継続的な餌やりや飼育を行っている。
  • その結果、多数の猫が集まり、糞尿、毛、鳴き声、ゴミの散乱などによって、近隣住民の生活環境に著しい障害が生じている。
  • 近隣住民や自治体から改善の指導や注意、警告を受けているにもかかわらず、それを無視し、頑なに餌やりを続けている。
  • (マンションなどの場合)管理規約で定められた動物飼育禁止条項などに違反している。

単に数回エサをあげたというだけですぐに責任を問われるわけではありません。しかし、上記の要素が重なり、近隣住民に与える被害が深刻になればなるほど、損害賠償を請求されるリスクは高まります。

餌やりが「事実上の飼い主」とみなされる理屈とは?

継続的な餌やりは、時にその人を「事実上の飼い主」と認定させる可能性があります。

これは、民法718条の「動物占有者の責任」という考え方に基づきます。

この法律は、「動物の占有者(飼い主など)は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う」と定めています。ここでいう「占有者」とは、必ずしも所有権がある人を指すのではなく、動物を客観的・事実上支配している人物を指します。

過去の裁判例では、単に『餌やり』をしていただけでなく、猫のために寝床を用意するなど『住みかを提供』していた事情があったことから、餌やりをしていた人を『野良猫を飼育していた』と認定し、事実上の飼い主として損害賠償責任を認めたケースがあります。

つまり、餌や寝床を提供するなど、猫がその場所に依存するような状況を作り出すことで、意図せずして「飼い主」としての重い法的責任を負ってしまう可能性があるのです。

実際の裁判例では、いくらの賠償が命じられた?

実際に、餌やり行為が原因で損害賠償が認められた裁判例は存在します。

  • 福岡地裁 平成27年9月17日判決
    糞尿やゴミの散乱、猫の抜け毛などにより庭が汚されるなどの被害に対し、裁判所は餌やりをしていた人物に合計55万8100円(うち慰謝料50万円)の支払いを命じました。
  • 神戸地裁 平成15年6月11日判決
    同様の被害に対し、合計150万円(うち慰謝料40万円)という高額な賠償を命じたケースもあります。

これらの裁判例は、精神的苦痛に対する「慰謝料」が高額になる可能性を示しています。

また、賠償金の支払いだけでなく、被害の状況によっては「餌やり行為そのものの差し止め」が認められる可能性も十分に考えられます。

トラブルを避け、猫を助けるために注意すべきこと

近隣とのトラブルを避けつつ、猫を助けたいと考える場合、どのような点に注意すればよいのでしょうか。

弁護士は、以下の点を強調します。

  • 周辺環境への配慮を徹底する
    餌やりをする場合は、その場所が糞尿や食べ残しで汚れたり、悪臭が発生したりしないよう、後片付けを徹底することが最低限のマナーです。鳴き声による騒音にも注意が必要です。
  • 近隣住民からの声に耳を傾ける
    もし近隣から苦情や注意を受けた場合は、それを無視せず、真摯に受け止めてください。「頑なな態度」は、法的な紛争に発展した際に極めて不利な要素となります。

「善意」だけでは免責されない。責任ある関わり方が不可欠

「お腹を空かせた猫が可哀想」という気持ちは、決して間違っていません。しかし、その善意の行動が、結果として近隣住民の生活を脅かし、法的な責任を問われる事態を招いてしまう可能性があることを、私たちは知っておく必要があります。

無責任な餌やりは、糞尿や騒音トラブルを引き起こすだけでなく、望まない繁殖を招き、結果的に不幸な猫を増やしてしまうことにも繋がりかねません。

もし本気で猫を助けたいと考えるのであれば、単にエサを与えるだけでなく、不妊去勢手術(TNR活動)を行ったり、新しい飼い主を探す活動に協力したりするなど、より長期的で責任ある関わり方が求められます。動物への優しさと、地域社会で暮らす一員としての責任。その両立こそが、真の意味で猫と人が共生する社会への第一歩と言えるでしょう。


監修者名:ベリーベスト法律事務所 弁護士 齊田貴士

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神戸大学法科大学院卒業。 弁護士登録後、ベリーベスト法律事務所に入所。 離婚事件や労働事件等の一般民事から刑事事件、M&Aを含めた企業法務(中小企業法務含む。)、 税務事件など幅広い分野を扱う。その分かりやすく丁寧な解説からメディア出演多数。