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40年前、アイドル歌謡と一線を画した“痛切だけど前向きな”希望ソング リスナーが自分と重ねた“自立のメッセージ”

  • 2025.10.16

40年前の夏の夜、街の灯りに照らされた歩道を歩くと、雑踏のにぎわいの裏側でふと胸に押し寄せる孤独に気づく瞬間があった。人々の笑い声や車のエンジン音に紛れて、誰にも気づかれない涙がにじむ。そんな都会の情景と、失恋の痛みをそっと重ねた一曲がリリースされる。

『メトロポリスの片隅で』(作詞・作曲:松任谷由実)――1985年8月1日発売

松任谷由実のシングルとして届けられたこの楽曲は、華やかな恋の高揚感ではなく、愛の終わりを見つめる“切なさ”を都会の風景に溶かし込んだ作品だった。

“夢見るSINGLE GIRL”の裏にある痛み

この曲の象徴的なフレーズが「私は夢見るSINGLE GIRL」。一見するとポジティブな自立宣言のようだが、その響きの奥には別れを抱えた女性の心情が透けて見える。

コピー機の音、通勤電車、ビル群、街角――歌詞に描かれるのは具体的で現実的な都会の断片だ。だが、その中で繰り返される言葉は、恋を失った痛みを抱えながらも「夢を見る」という希望にすがるひとりの姿。『メトロポリスの片隅で』は、ただの“都会ソング”ではなく、失恋を経て前に進もうとする女性の心の強さを刻んでいる。

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1998年、コンサートで歌う松任谷由実 (C)SANKEI

音の中に漂う都会の息遣い

サウンドはシンセサイザーを基調にしながら、淡々としたリズムと透明感のある響きでまとめられている。決して派手ではないが、だからこそ都市の雑踏のなかで響く“内なる声”を際立たせている。

ユーミンのボーカルもまた、過剰な感情表現を避けて淡々と響く。その冷静さがかえって聴き手の心を直接突き刺し、「これは自分の物語かもしれない」と思わせる力を持っていた。

耳を澄ますと、楽曲全体からは都会の夜に漂う空気感が立ち上がってくる。にぎやかで孤独、夢と失望が交錯する。そんな複雑な感情が音の粒子に封じ込められているのだ。

時代に刻まれた新しい女性像

1985年の音楽シーンといえば、アイドル歌謡がまだ強い時代だった。しかし『メトロポリスの片隅で』は、そうした恋愛至上主義的な歌とは一線を画していた。

ここで描かれるのは、恋に敗れても自分の足で歩き出そうとする女性の姿。「失恋しても夢を諦めない」というメッセージは、当時の女性リスナーにとっても自分を重ねやすいものだった。その等身大の響きが、多くのファンにとって“記憶に残る一曲”となったのである。

切なさと強さが残す余韻

『メトロポリスの片隅で』を聴くと、都会の片隅に立ち尽くす女性の姿が浮かんでくる。失恋の痛みを胸に抱きながら、それでも「夢見るSINGLE GIRL」と自分に言い聞かせて前を向こうとする。

この曲が愛され続けるのは、恋の終わりを描きながらも“絶望”ではなく“強さ”へと昇華しているからだ。

40年前に刻まれたそのメッセージは、今なお都会で生きる私たちの背中を静かに押し続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。