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25年前、20万枚超を記録した“主張しないのに記憶に残る”柔らかソング 国民的バンドが方向をシフトした“転機の一曲”

  • 2025.10.9

「25年前の春、どんな音楽があなたの耳に届いていただろう?」

2000年の街は、新しい世紀を目前にした期待と不安が入り混じっていた。コンビニの店内やFMラジオからは、軽やかなポップソングや力強いバンドサウンドが流れ、人々は忙しい日常の合間にふと足を止め、音に耳を傾けていた。そんな空気の中、ひときわ静かで柔らかな光を放ちながら登場したのがこの楽曲だった。

スピッツ『ホタル』(作詞・作曲:草野正宗)――2000年4月26日発売

ひんやりとした夜に浮かぶ蛍の光のように、強い主張ではなく、静かに寄り添う佇まい。そんな1曲が、時代の空気を穏やかに照らしていた。

草野正宗が描いた“静かな情景”

『ホタル』は、スピッツにとって通算21作目のシングル。プロデューサーに迎えられたのは、Spiral LifeやScudelia Electroの活動などで知られる石田小吉(現・石田ショーキチ)だった。彼の手腕によって、スピッツの持つ繊細なメロディと透明感あふれるサウンドは、さらに余白を活かした響きへと研ぎ澄まされている。

草野マサムネが手がけた旋律は、流れるように滑らかで、どこか夢の中を漂うような浮遊感をまとっていた。言葉数を絞り込んだ歌詞と、彼特有の伸びやかで淡いボーカルが溶け合うことで、曲全体がひとつの“情景描写”のように立ち上がってくる。

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2002年、TOKYO FM「カウントダウン ジャパン」に出演したスピッツ (C)SANKEI

音の余白が生む“静けさの美”

この楽曲の最大の魅力は、音の配置にある。派手な装飾や分厚いサウンドではなく、あえて抑制を効かせることで、聴き手の想像を広げる空間を作り出しているのだ。ドラムの一打、ギターのリフ、そしてベースの低音。それらが過剰に主張せず、淡い光のように楽曲を包み込む。

その静けさの中で、草野の声がふっと浮かび上がる瞬間。「何も起きていないはずなのに、胸がざわつく」――そんな感覚を呼び起こすのは、余白が生んだ奇跡にほかならない。

スピッツの2000年代への入り口

2000年当時、スピッツはすでに数々のヒット曲を持つバンドとして確固たる地位を築いていた。だが、彼らはそこで立ち止まることなく、新しいサウンドの探求を続けていた。『ホタル』は、その転換点のひとつといえる。

石田小吉のプロデュースによって生まれた音像は、それまでのスピッツ作品と比べても独特の静けさをまとっている。勢いのあるバンドサウンドから一歩引き、淡い光をまとった表現へとシフトする姿勢は、この後の2000年代スピッツの方向性を予感させるものだった。

淡い光を宿したまま

『ホタル』は結果として20万枚以上を売り上げたが、それ以上に重要なのは、聴いた人の心に残った余韻の深さだろう。夜道を歩きながらふと口ずさむと、景色が少し違って見える。そんな作用を持つ楽曲は、数字では測れない存在感を放ち続けている。

蛍の光は一瞬で消えてしまう。けれど、その淡い輝きは、見た人の記憶に長く残る。『ホタル』という楽曲も同じだ。強く燃え上がるのではなく、静かに、けれど確かに心に跡を残していく。

2000年という節目の年に届けられたこの1曲は、今もなお、春から夏へと移ろう季節の中で、静かに輝きを放ち続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。