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30年前、日本中が“ホイッスルで揺れた”情熱ラテンラブソング 80万枚超ヒットとなった“伝説の幕開け曲”

  • 2025.8.17

1995年の初夏。街路樹は新緑をまとい、昼間のアスファルトは陽射しを浴びてきらきらと光っていた。CDショップには最新ヒットの試聴機が並び、ラジオからはJ-POP黄金期を象徴するサウンドが流れ続けていた。そんな中、耳にした瞬間に空気の色を変えるような曲があった。

大黒摩季『いちばん近くにいてね』(作詞・作曲:大黒摩季)――1995年5月3日発売。

前作『ら・ら・ら』が社会現象的なヒットとなった直後にリリースされた11枚目のシングル。最終的に80万枚以上を売り上げ、彼女のキャリアにおいても重要な位置を占める作品である。

ビートのない英語詞から始まる、息を呑むオープニング

この曲の最大の特徴のひとつが、冒頭の英語詞によるフレーズだ。ドラムやベースなどのリズム楽器は入らず、シンセサイザーの柔らかな響きとコーラスだけが背景を支える中、大黒摩季の伸びやかな歌声が空間を満たす。

わずか数小節ながら、その声の芯の強さ、音程の正確さ、そして感情をそっと乗せる巧みさが際立つ瞬間だ。

この英語詞はイントロだけの特別な存在で、本編では二度と姿を見せない。まるで映画のオープニングのように、このわずかな時間で楽曲の世界観が鮮やかに立ち上がる。

ラテンリズムとJ-POP的情感の融合

イントロを抜けると、ラテンの香り漂うパーカッションが曲を一気に加速させる。コンガやボンゴが刻むリズムに、ラテン系のピアノが跳ねるようなリズムでコードを刻み、ホーンセクションが鮮やかなアクセントを添える。

そして、合間に響くホイッスルの音が、まるで陽光を浴びたカリブの街角のような開放感をもたらし、曲の世界観を決定づける

Aメロは陽射しの中を歩くような明るさで始まり、Bメロでは爽やかな風が通り抜ける。

そしてサビでは、大黒摩季らしい叙情的なメロディラインとラテンビートが不思議なほど自然に溶け合う。情熱と切なさが同居する構成は、一度聴けば忘れられない。

葉山たけしによる“躍動と包容”のアレンジ

編曲は、ビーイング黄金期を支えた名アレンジャー葉山たけし。ZARD『負けないで』、DEEN『このまま君だけを奪い去りたい』、FIELD OF VIEW『突然』、WANDS『もっと強く抱きしめたなら』など数々のヒットを手がけ、大黒摩季とは『ら・ら・ら』をはじめ数々の名曲を生み出していく。

『いちばん近くにいてね』では、大黒摩季らしい叙情的なメロディと等身大の歌詞を見事にラテンリズムに溶け込ませている。情熱的なビートの上で、彼女のメロディラインは自然に呼吸し、歌詞の言葉運びもリズムと一体化して流れていく。

単にラテン風味を添えるのではなく、曲そのものをラテンのグルーヴの中で生かし切ったアレンジが、この作品の独自性を際立たせている。

大黒摩季と“ラテン”の深い縁

大黒摩季のラテン調の楽曲といえば、前年のヒット曲『夏が来る』がある。実は彼女は当時からラテン音楽の研究を続けるほどの愛好家で、後にサルサ・バンドのオルケスタ・デ・ラ・ルスらと「ラテン家の人々」というバンドを結成。“日本ラテン化計画”と称して活動するなど、その情熱は筋金入りだ。

その背景を知ると、『いちばん近くにいてね』のラテンアレンジも、単なる流行の引用ではなく、彼女自身の嗜好と探求が反映された必然のサウンドであることがわかる。

ライブでの特別な位置づけ

1997年8月1日、レインボースクエア有明で行われた初のソロライブ『LIVE NATURE #0〜Nice to meet you〜』。この日、オープニングナンバーに選ばれたのが『いちばん近くにいてね』だった。

開演直後、観客席に広がる静かな期待感を切り裂くように、あの英語詞の歌声が響く。自然と手拍子が生まれ、ステージ奥から大勢のダンサーとともに大黒摩季が姿を現す。その瞬間、会場は一気に熱を帯び、加速度的に歓声とリズムが渦を巻く。

初めて彼女の生歌に触れるファンがほとんどの中、幕開けにふさわしい高揚感を放ったこの曲は、その日以来、ライブの記憶と強く結びつく存在となった。

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1997年、大黒摩季の初ソロライブ『LIVE NATURE #0〜Nice to meet you〜』より (C)SANKEI

普遍的な“そばにいてほしい”という想い

大黒摩季の歌声は、力強さと包容力を併せ持つ。この曲では特に「寄り添う温度」が際立つ。AメロやBメロの軽やかさ、サビの情熱、そして全編を包むラテンの躍動感とホイッスルの鮮烈さは、聴く人の感情を揺らしながらもそっと支える。

人との距離感や生活様式が変わっても、「そばにいてほしい」という願いは変わらない。この曲は、その普遍的な感情を1995年の空気とともに封じ込めた名曲だ。

時代を超える理由

『いちばん近くにいてね』は、90年代のサウンドを象徴しつつも、その枠に収まらない。英語詞のイントロ、ラテンリズムと叙情的メロディ、鮮やかなラテンのリズム、印象的なホイッスル、そして大黒摩季の圧倒的な歌唱力――これらが一体となって、聴くたびに当時の情景を呼び起こしてくれる。

それは、ただの懐メロではなく、今も鮮やかに息づく“生きた名曲”である証だ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。