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35年前、日本中の夏を駆け抜けた“爽やかな失恋ソング” 痛みも抱きしめた“青空のメロディ”

  • 2025.8.17

「あの道を走るたび、イントロが頭の中で鳴り出す――」

1990年の初夏。週末になると、街は色とりどりの夏服に染まり、海沿いの道や遊園地には恋人たちの笑顔があふれていた。ショッピングモールのBGMやラジオからは軽快なポップスが流れ、ドライブすれば窓の外に広がる青空と入道雲。

バブル景気の余韻がまだ残り、未来を信じて駆け抜けていた時代。そんな空気の中で、渡辺美里『サマータイム ブルース』(作詞・作曲:渡辺美里)がリリースされた。

1990年5月12日発売。16枚目のシングルであり、シングル表題曲としては初めて自ら作曲を手がけた作品だ。表題曲に自身のメロディを据えるのは初めて。この事実は、当時の渡辺美里がアーティストとしての幅をさらに広げていたことを物語っている。

初夏に放たれた疾走感

イントロが鳴った瞬間から、海沿いの道路を駆け抜けるような解放感が広がる。その爽やかさは、太陽に照らされたアスファルトの熱まで伝わってくるようだ。

Aメロでは、初夏の情景が鮮やかに描かれる。ハンドルを握り、第三京浜を走る視界に広がる青空や、遠くに見える海――その景色とメロディが不思議なほどシンクロする。

しかしBメロに入ると、空気は一転する。笑顔の裏に潜む胸の痛み、別れの記憶が静かに忍び寄る。そしてサビでは、そうした感情をすべて包み込むような明るさが一気に広がる。

別れや寂しさも含めて、夏という季節を丸ごと抱きしめる――この構成が、この曲を単なる失恋ソングではなく“夏の応援歌”へと昇華させている。

 

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1989年、西武球場コンサートで歌う渡辺美里 (C)SANKEI

“ブルース”の中のきらめき

タイトルにある「ブルース」は、決して暗く沈む音楽を意味してはいない。ここでの“ブルース”は、夏の光と影を同時に映し出すための言葉なのだろう。

歌詞には、メリーゴーランドや砂浜、おろしたてのスニーカーといった、まぶしい記憶がちりばめられている。その中に、別れや寂しさがふと顔をのぞかせるが、それすらも夏の一部として肯定している。

傷みさえも輝きに変えてしまう視点――これこそが、渡辺美里の作品が多くの人の心に長く残る理由だろう。

1990年という時代の匂い

90年当時、音楽番組も高視聴率を誇っていた。街にはCDショップが並び、店頭の試聴機からは最新のヒット曲が流れていた。

『サマータイム ブルース』もまた、ラジオや有線放送で耳にする機会が多く、その爽快感は季節と相まってリスナーの記憶に刻まれた。夏のドライブや海辺の景色と自然に結びつくこの曲は、当時の空気そのものを封じ込めた存在だった。

時代を越えて響く理由

『サマータイム ブルース』は、単なる1990年のヒット曲ではない。“夏”という季節の感情をそのまま保存したタイムカプセルのような作品だ。

第三京浜を抜ける風の匂い、照りつける日差し、そして心の奥に残る淡い痛み――すべてがイントロの瞬間に蘇る。

季節は巡り、聴き方や価値観は変わっても、真夏の空にこの曲が流れるだけで、一気にあの初夏の記憶へと引き戻される。

別れさえも照らすほどの光を放つ“真夏のブルース”――それは今も変わらず、私たちの夏を駆け抜け続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。