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ルイーズ・トロッターがボッテガ・ヴェネタで挑む、新たな表現

  • 2025.7.16
さらなるステージへ<br /> 「ファッションはアートというより、喜びをもたらすもの」と語るルイーズ・トロッター。初取材が行われたミラノのヴィラ・クレリチにて。Photographed by Venetia Scott. Hair, Giovanni Iovino; makeup, Arianna Campa. Produced by Circus Studios. Vogue, August 2025.
「ファッションはアートというより、喜びをもたらすもの」と語るルイーズ・トロッター。初取材が行われたミラノのヴィラ・クレリチにて。Photographed by Venetia Scott. Hair, Giovanni Iovino; makeup, Arianna Campa. Produced by Circus Studios. , August 2025.

ボッテガ・ヴェネタBOTTEGA VENETA)のクリエイティブ・ディレクターに就任した、ルイーズ・トロッターへの初取材。その面会場所が決まったのは、約束のわずか1時間前のことだった。ある意味、思った通りだ。長年にわたり、ある種の抑制されたエレガンスを生み出すブランドとして知られてきたボッテガ・ヴェネタだが、その舵取り役を任されたトロッターはつい最近までデビュー・コレクションを意識的に隠し、その創作過程についても固く口を閉ざしていた。

ようやく伝えられた目的地は、ミラノの北側、ニグアルダ地区に佇む貴族の邸宅、ヴィラ・クレリチ。立派な門をくぐると、外からは隠された世界が広がっていた。まずは彫像が点在する広大なイタリア式庭園があり、さらにその先にはもうひとつの大庭園がある。その奥には、ふたつの円形劇場も。館中に入れば、18世紀のフレスコ画、だまし絵の装飾、格間天井を見ることができる。ここにあるのは豪華でありながら、どこか抑制されている、神聖で、浮世離れした世界だ。

静かな昼下がり。階段を上っていくと、長い廊下の突き当たりにトロッターがいた。カッシーナが制作した、ボッテガ・ヴェネタの特注レザーを使った70年代のラファエル・ラッフェルのラウンジソファに、ゆったりと腰掛けている。背後の大きな窓からは、アーチ型の中庭を見渡すことができた。「ここでインタビューしないわけにはいかない、と思ったんです」と笑顔を見せるトロッター。彼女には、生まれ持った好奇心と知性が入り混じった、どこか気まぐれで謎めいた雰囲気がある。「パリはすべてが壮麗で、しかもその手の内が惜しげもなく明かされています。でもミラノでは、自分の宝物は自分で見つけなければなりません」

その考え方は、常にファッションの喧噪に逆らってきたボッテガ・ヴェネタの精神と完全に一致しているように思われる。1966年、ヴィチェンツァでレンツォ・ゼンジアーロとミケーレ・タッデイが「ボッテガ・ヴェネタ・アルティジャーナ」の名で設立した同ブランドは、真のラグジュアリーは声高には主張しないという考えのもと、長い年月をかけてそのアイデンティティを築き上げてきた。「このブランドとの最初のつながりは、顧客としてでした。ボッテガ・ヴェネタのヴィンテージ品を集めていたんです」とトロッターは言う。それはボッテガの革新的とも言える理念に衝撃を受けたからだった。「ブランドロゴをまったく必要とせず、明確なアイデンティティを確立していました。それにはある種の自信が必要だと思います。人々の注目を集めるために存在をアピールするのではなく、ただ自分たちが何者であるかを表すだけなのです」

「名は体を表す」という言葉は、彼女のためにある。彼女はまさに世界を旅する“グローブトロッター”。名字の通り世界を飛び回ってきた。ボッテガ・ヴェネタに加わる前は、ギャップGAP)、カルバン・クラインCALVIN KLEIN)、トミー ヒルフィガーTOMMY HILFIGER)、そしてロンドンのブランドであるジグソー(JIGSAW)やジョゼフJOSEPH)で活躍し、イギリス、アメリカ、フランスを舞台に洗練されたテーラリングとミニマルな美学を世に送り出した。2018年にはラコステLACOSTE)で初の女性クリエイティブ・ディレクターとしてトップの座に就き、2023年にはカルヴェンCARVEN)を引き継いだ。彼女はこれまでのキャリアを通じて、“破壊者”というよりも、創造的で活気に満ちた“守護者”という役割を担い、ブランドやメゾンのレガシーを尊重しながら静かな変革を起こしてきた。

この地道な哲学は、常に激しく変化し、変革することが当たり前となった今のファッション業界において特に深く響くものがある。だが残念ながら、ボッテガ・ヴェネタのような規模と地位を持つブランドを率いる女性は、まだ少数派だ。「もちろん、デザインだけでなく、ビジネスの分野でも女性が活躍する姿をもっと見たいと思います」と語るトロッターは、こう付け足した。「ただ私は、自分の仕事と人間性で成功したと信じたい。女性だからという理由だけで成功したのではないと」

「前に進むためには、そのブランドのルーツを知らねばなりません」

新章のプレビュー<br /> 第78回カンヌ国際映画祭で、トロッターが手がけるボッテガ・ヴェネタを世界にお披露目したジュリアン・ムーア。

ボッテガ・ヴェネタでの物づくりに本格的に取り掛かるために、トロッターはブランドのアーカイブがあり、また職人たちが働くモンテベッロ・ヴィチェンティーノで多くの時間を過ごしている。「何十年も前のアイテムなのに、今の時代にも通じるところに魅力を感じます。50年前のアイテムも、見ていると心から欲しくなるのです。とはいえ、ファンとしてはともかく、クリエイティブ・ディレクターとしてはまだお互いを知ろうと手探り中です」と、くすりと笑いながら言う。自身の制作プロセスについて多くを語らないトロッターだが、一種のバランス感覚を必要とするということだけは明かしてくれた。確立されたシステムから学びつつ、そこに自分らしさを加える。「まずは観察して、それから踏み込む」と彼女は語った。過去を土台として構築しながらも、それに縛られることはない。「前に進むためには、そのブランドのルーツを知らねばなりません」

トロッターがボッテガ・ヴェネタのために初めてデザインした新作は、今年のカンヌ国際映画祭でさらりと披露された。ブランドのフレンド・オブ・ザ・ハウスを長年務めているジュリアン・ムーアは、ブラックのロングドレスを着用。タッセルのディテールがあしらわれたこのストラップレスのドレスは、洗練されたミニマルなエレガンスを体現していた。一方、ヴィッキー・クリープスは、トロッターがデザインした背中が大きく開いた「イントレチャート」(編み込みのレザー)のトップに、白いワイドパンツを合わせた。「ヴィッキーとジュリアンにルックを提供することで、女性同士、クリエイティブな者同士の対話が生まれました。ふたりへの敬意を込めて、これらのルックに彼女たち自身を投影しています」

知っての通り、編み込みのレザーは特にフィレンツェ周辺の丘陵地帯で発展したイタリアの伝統工芸のひとつとして古くから親しまれてきたものだが、ボッテガ・ヴェネタが画期的であった点は、レザーを斜めに編んだことだ。このエレガントな変化により、バッグの構造が柔らかくなり、使い込んだような、独特の味わい深い上品さが生まれた。トロッターの使命は、この歴史を発展させ、持つ人の体になじみ、「その人の延長線上にあると感じられるような」バッグを作ることだと言う。

トロッターは街歩きをこよなく愛している(より正確には、いつも自転車でパリ中を駆け回っている)。そして、道行く女性たちを観察しながら、多くのインスピレーションを得ている。「私はファッションをアートというより、喜びをもたらすものとして捉えています。優れたデザインは人々に自信を与え、最高にすてきな人生を送る手助けとなるべきだと思っています」

トロッターの感性のルーツをたどると、イングランド北部の海岸沿いの町、サンダーランドで過ごした幼少期に辿り着く。荒々しい美しさとインダストリアルな厳格さが共存するこの町の二面性が、彼女の創造的な視点を作った。「人々はお金がない分、愛情深さや温かさを持っていました」と彼女は言う。トロッターをファッションの世界へと誘ったのは、裁縫師だった祖母だ。人形の服を作ることから始まり(「私は少しおてんばだったので、人形はそれほど持っていなかったけれど」)、ミシンの前で何時間も試行錯誤を繰り返したその趣味は、カーテンやテーブルクロス、ついには学校の制服にまで及んだ。「母が買ってきてくれた制服を、1週間も経たないうちにすっかり切り刻んでしまったんです。かわいそうに、母はぎょっとしていました」と彼女は笑いながら振り返る。「私にとって、服は当時から現実逃避や変身願望を満たすための手段でした。それは今も変わりません」

その本能的な反抗の衝動は彼女の中にくすぶり続けた。ニューカッスルのノーザンブリア大学でファッションの学位を取得した後、彼女は90年代のエネルギーに満ちたロンドンのレイヴシーンを謳歌しながら、青春時代を過ごした。「あの世界には、どこか魔法のようなものがありました」と、会場を転々とする秘密のレイヴパーティーに通った当時を回想する。「あれはまさに自己表現と自由の時代でした。ひと言で言えば『喜び』です。何かを発見する感覚があって。文化がソーシャルメディアによってフィルタリングされる前は、すべてが新鮮で、切迫感に満ちていました」

その喜びは、密やかではあっても、トロッターの作品、そして人生の中に今も息づいている。最近、彼女は10代の娘をパリで開催されたタイラー・ザ・クリエイターのライブに連れて行った。「最高の体験でした」とトロッターは言う。「娘が青春を全力で楽しみ、歌って、踊って、自由を謳歌する姿を見ることができたのですから」

ミラノでの仕事がないときは、夫と3人の子供たちと一緒にパリで暮らしている。最近は、音楽関連のドキュメンタリーにはまったり、ヴェネチアのグラッシ宮で開催中のタチアナ・トゥルーヴェの展覧会やディア・ビーコン美術館で開催中のスティーブ・マックイーンの『Bass』展を観に行ったりしている。この夏は家族でシチリア島のラグーザとモディカに行き、海辺でのんびり過ごす予定だ。海で泳いだり、料理テニスを楽しんだり、野外で映画を観たり、ゆったりとした時間を満喫することになるだろう。ただ、どんなにスローテンポになろうとも、人生とデザインとの対話が止むことはない。

トロッターと私が座っている場所からは、映画のワンシーンを思わせるような、不気味なほど美しい景色が広がっている。蔦が古い石材に絡みつき、左右対称のアーチがタイルに長い影を落とす。別れ際、私は確信に近い予感を抱いた。トロッターの初のコレクションは、彼女自身を投影したものとなるだろう。鋭い観察眼を持ち、足元を見失わず、そして目立つために叫ぶのではなく、静かに囁くことを恐れない。そんな彼女の、どこか謎めいた気まぐれな笑顔がすべてを物語っていた。コレクションはきっと、意外性に満ちた、美しいものになるはずだ。

Text: Chiara Barzini Adaptation: Anzu Kawano

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