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35年前、日本中を虜にした“世界中の異常” バラエティの価値観を変えた“他人のフンドシ番組“

  • 2025.7.21

「35年前の夏、あなたはテレビで何を見ていた?」

1990年7月、一風変わった番組が誕生した。それは、ド派手な演出でもなければ、国内芸能人の内輪話でもない。海の向こうで起きた“リアルな出来事”を、日本の茶の間へ届ける番組ーー

『世界まる見え!テレビ特捜部』ーー1990年7月9日放送開始。

世界中のニュース、ドキュメンタリー、事件、珍事、そして感動を、日本独自のユーモアと視点で紹介するスタイル。それまで「バラエティ」といえば、笑いあり、コントあり、芸人頼みのフォーマットが主流だった日本のテレビ界。そこに突如現れたのが、“他人のフンドシでちゃんと面白い”という、とんでもない番組だったのだ。

司会は所ジョージと楠田枝里子。第1期は1クールで終了したが、その後数回の特番を経て、翌1991年4月から第2期がスタート。この再スタートのタイミングでビートたけしが司会に加わり、番組は本当の意味で“看板番組”へと変貌を遂げ、現在も続く長寿番組となった。

海外ネタを“茶の間バラエティ”に変換した衝撃

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(C)SANKEI

 

『世界まる見え!テレビ特捜部』の革新性は、何よりもその「素材」にあった。当時はインターネットもYouTubeもない時代。海外の映像コンテンツに一般人が触れる手段などほぼゼロ。

それを週に一度、日本のテレビが惜しげもなく紹介する。それも、単なる“輸入番組”ではなく、笑いや驚きのツッコミと一緒に。

海外の警察密着モノ、動物ドキュメンタリー、ちょっと怪しい科学実験や空港の税関検査まで、とにかく「何が出てくるか分からない」というワクワク感が魅力だった。

しかもそれらに加えられるナレーション、字幕、スタジオのやり取りは、あくまで“日本人が笑えるテンポ”を崩さず、世界をローカライズして届けてくれた。

“知る”と“笑う”が共存するテレビの新形態

この番組が支持された背景には、1990年代初頭の社会的な空気もある。バブル経済が終焉を迎え、「楽しいだけでは物足りない」「何か意味のあるコンテンツを求めたい」という潜在的ニーズが高まっていた。

『世界まる見え!テレビ特捜部』は、教養とエンタメを絶妙なバランスで融合した“情報バラエティ”という新ジャンルを日本のテレビに定着させた。

「世界って面白い」「人間ってすごい」「ルールが違えば常識も変わる」ーーそんなシンプルだけど奥深い発見を、視聴者が週に一度味わえる番組だった。

再スタートから本格始動、そして長寿番組へ

繰り返すが、この番組は一度終了している。1990年のレギュラー放送はわずか1クールで幕を閉じた。だが、その後の特番が大きな反響を呼び、翌1991年4月15日から再びレギュラー化。そのタイミングで加わったのが、ビートたけしだった。

所ジョージの“脱力系ツッコミ”、楠田枝里子の“安定した進行”、そしてビートたけしの“理不尽で的確なイジリ”。この三人の絶妙なバランスが番組を本格的なヒット作へと押し上げる。

そしてそれから現在に至るまで30年以上、月曜夜の顔として放送され続けている長寿番組となった。

“情報バラエティ”の原点、今も変わらず健在

現代は、誰もがスマホで世界とつながれる時代。だが、それでも『世界まる見え!テレビ特捜部』は今なお続いている。理由はシンプル。“この番組ならではの視点と編集”があるから。

単なる映像紹介では終わらない。

「なぜこれが面白いのか?」「どこに驚くべき点があるのか?」という、“ツッコミの視点”が一貫して丁寧で鋭いのだ。視聴者をバカにしない。でも難しすぎない。その絶妙なさじ加減が、この番組の一番の魅力かもしれない。

『世界まる見え!テレビ特捜部』は、テレビの“初心”を忘れさせない

“面白いものをちゃんと伝える”という、本来あるべき姿を、30年以上貫いてきた番組。

『世界まる見え!テレビ特捜部』は、そういう意味で、テレビにとっても視聴者にとっても“初心を思い出させてくれる”存在である。

そして今も、月曜の夜に「なんだこれ!?」と笑わせてくれる“世界からの贈り物”は続いている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。