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世界はまだ知らないことばかり! 旅をする自由と冒険心の大切さを、改めて

  • 2025.7.1

無印良品が車を売っていたなんて知らなかった。2001年に1000台限定で売り出したらしい。価格は93万円。日産マーチをベースにした、MUJIらしいシンプルなデザインだ。2001年7月号の車の特集ページに載っている。当時、女性が自分の車を買って日本中を好きに走り回るのは、いかにも21世紀らしい光景だったようだ。確かに1980年代、90年代は男性の車でデートするのが定番だった。流行りの歌もそんな助手席視線のときめきや切ない気持ちを歌ったものが多かったように思う。

特集のトップを飾る齋藤薫さんのコラムのタイトルは「クルマは、減らない化粧品」。なんと、車をコスメに見立てるとは! その発想はなかった! 齋藤さんは赤い車体に黒い幌のスポーツカーを自分好みの青系の色に塗り替えた時、車がまるで自身の一部のように感じられたのだそうだ。恋人や配偶者の高級車の助手席に乗せてもらうのではなく、自らハンドルを握ってどこまでも行きたいところへ行く。それは女性の主体性の象徴である。ちなみにイスラムの保守的な戒律を重んじるサウジアラビアでは、女性が運転免許を取得することができるようになったのは2018年のことだ。いつでも自分の行きたいところへ自分の意思で行くことができるのは、心の自由と自立を手にしている証。メイクアップはなりたい自分になれる自由を与えてくれるが、車はコスメ製品のようにすぐに使い切ってしまうことはないから「減らない化粧品」なのだ、という齋藤さんの持論は、今読んでも示唆に富んでいる。車が運転者の顔だとするなら、いつも夫の所有する車を運転して買い物に行く女性は、「〇〇氏の妻」の顔で社会的に認知されているとも言える。たとえ手頃な価格の小さな車でも「自分の顔」で好きなところに出かけよう、という2001年7月号の車特集は、なかなかに興味深い。

1937年生まれの母は、運転が好きだった。専業主婦だったので、自腹で車を買ったことはない。東京郊外や夫の赴任先の海外で夫の車のハンドルを握った。横に乗っていたのは幼い私である。母のあまり丁寧とは言えない運転でスーパーマーケットに行くのが日常だった。1960年代から70年代にかけて父の赴任先のオーストラリアで暮らした母は、日本が恋しくなると長女が小学校に行っている間に赤ん坊の私を乗せて遠くの海まで車を飛ばしたそうだ。私は2014年、40代の時に自分が生まれた街に子どもたちと夫と共に移住した。若かった頃の母がかつて私を連れて出かけた海まで、家族で行ってみた。かなりの距離だった。母に抱かれて見たはずの海を見ても、何も思い出せなかった。異国で産んだ娘を胸に、浜に佇んで日本を思った孤独な駐妻姿が目に浮かんだ。母は、冒険家だったのだ。言葉も通じない国で出産して、赤子連れでこっそりこんなに遠くまで車を飛ばしたんだもの。自分の車じゃなかったけど、彼女は自由を求めて走ったのだ。

私は今は車を運転していない。免許証はただの身分証明書だ。40代になってから、機会をみては日本各地を旅するようになった。仕事でいろいろな場所に行くのに、空港や駅と会場との往復だけで何も見ていないのはもったいないと気がついた。旅先ではタクシーの運転手さんと話すのが楽しい。宮崎の高千穂峡では、運転手さんが手漕ぎボートを漕いでくれた。会ったばかりのおじさんと二人で絶景を眺めた。それもまた楽しい。不思議なことに旅をしている時は、東京での人間関係や仕事のことをほぼ忘れている。ただただ素直に、目の前に現れる景色を堪能し、人との出会いを面白がり、自分がいかに世間知らずであるかを実感する。この世はまだ知らないことだらけである。

2001年当時、編集部が注目する旅のトレンドは「海外の島リゾートでしばし都会を忘れる」だ。冒頭で当時の編集長は、そうやってわざわざ出かけた島で顔見知りの編集者に出会ってしまう皮肉を綴っている。世界は広いが世間は狭いのだ。私の友人は、観光客が滅多に行かない南洋の真ん中の小さな離れ島で、はるか昔に別れた元夫と遭遇したそうだ。互いに家族連れで穏やかな再会となったそうだけれど、すごい偶然もあるものだ。今も海外の島リゾートは変わらぬ人気だが、日本では2010年代後半、コロナ禍の直前ごろからワーケーションが注目されて、五島列島などに長期滞在したり、地方と都市部との二拠点生活を始めたりする人が増えた。日常を忘れるためだけでなく、日本各地でその土地を知り、長く受け継がれてきた自然との関係やものづくりを学ぶ旅が人気である。

遠くでも近くでも、初めての場所でも何度も訪れている場所でも、旅を豊かにするのは謙虚な心である。自分がまだこの世の初心者であることを知っていれば、見るもの聞くもの全てに豊かな発見がある。行きたい場所に行ける自由と予期せぬ出会いに感謝しよう。今年も皆さんに素敵な旅の思い出ができますよう!

Photography: Shinsuke Kojima(magazine) Text: Keiko Kojima Editor: Gen Arai

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