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35年前、日本中が焦らされた“嘘にまみれた恋ドラマ” バブル終焉期に誰もが共感した“月9黄金期の名作”

  • 2025.7.28

「1990年の秋、どんなドラマに心を持っていかれていたか覚えてる?」

バブル経済の余韻が街にまだ残る1990年、誰もがどこか浮かれていたような、そんな時代だった。

そんな空気のなか、月曜夜9時のフジテレビ枠に放送されたのが、ドラマ『すてきな片想い』。放送開始は1990年10月15日。月9枠としては、恋愛ものの王道を突き進みながらも、脚本家・野島伸司の“ひねり”と、主演女優・中山美穂の等身大の魅力で、視聴者の心をわし掴みにした。

好きなのに、言えない――。そんな気持ちに誰もが共感した。だからこそ、毎週月曜が待ち遠しかった。

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(C)SANKEI

「ナナ」と名乗るヒロインが生んだ“じれったい関係”

主人公は、中山美穂が演じる与田圭子。ある朝、通勤電車で偶然出会った男性に“恥ずかしい一部始終”を見られてしまう。その男性こそが、のちに友人の紹介で知ることになる柳葉敏郎演じる野茂俊平。再会のタイミングで素直になれなかった圭子は、とっさに“ナナ”という偽名を使ってしまうことから物語が展開していく。

ここから始まるのは、名前も素性も偽った“片想い”の物語

正体を明かせば、すぐに近づけるのに。それができないもどかしさが、恋を、物語を、そして視聴者の心を揺さぶった。

「嘘をついたままでは進めない。でも、バレるのが怖い」

そんな圭子の葛藤は、リアルで、痛くて、どこか自分を見ているようでもあった。

“憧れ”と“現実”の狭間に揺れる90年代の恋愛観

圭子は“普通の女の子”。仕事も恋も、決して完璧じゃない。けれどその普通さが、視聴者にとっては強烈なリアリティだった。

電話の声越しに距離を縮め、顔を合わせるとよそよそしくなる。今のようにSNSもなければ、メールもない。

相手の本音を知る術が限られていた時代だからこそ、誤解もすれ違いも、より深く刺さった。

一方、俊平は一見クールで理性的な印象だが、その裏にある繊細さや優しさが次第ににじみ出る。

ただの“トレンディなカッコよさ”だけでない、柳葉敏郎が演じた“人間味”が、ドラマ全体に柔らかい温度を与えていた。

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脚本・野島伸司が描く“恋の本音”と“嘘の代償”

本作の脚本を手がけたのは、のちに数々の名作を世に送り出す野島伸司。『君が嘘をついた』『愛しあってるかい!』など、トレンディドラマの礎となった作品群を手掛け、その才能は、この時点ですでに光っていた。

表面上は“王道ラブストーリー”の形をとりながら、野島作品らしい“孤独”や“自己否定感”といった感情の機微が織り交ぜられている。

誰かを想うことで、自分が見えなくなる――そんな痛みさえも、丁寧に描いていた。

圭子の“片想い”は、ただの片想いではない。

自分で蒔いた嘘に苦しみながらも、「自分で選んだ気持ちを、簡単には手放せない」という芯の強さが描かれていた。

中山美穂が“ヒロインの代名詞”となった瞬間

この作品で主演を務めた中山美穂は、当時すでにアイドルから女優への確かな転身を遂げていた。

だがこのドラマでの与田圭子役は、それまでの“憧れの存在”としての美しさに、ドジで素直になれない“人間らしさ”を加えた、まさに“等身大のヒロイン”。

視聴者が自分を重ねられるヒロイン像の決定打となった、記念碑的な作品だった。

恋に戸惑いながら、でもときめきは隠せない――そんな“圭子の顔”を見せた中山美穂は、多くの視聴者の記憶に残り、いまでも「記憶に残るヒロイン」として名を挙げる人も少なくない。

35年経っても、あの電話の向こうの“声”が忘れられない

今なら、LINEひとつで簡単につながれる時代。

けれど『すてきな片想い』が描いたのは、「会えない距離」が恋心を育てていく、不器用な時代の恋だった。

月曜の夜、テレビの前で胸をギュッとさせていたあの頃の自分を、ふと思い出す。

「本当の名前を言いたい。でも、言えない」――そんなじれったい気持ちが、なんとも言えず愛おしい。

『すてきな片想い』は、恋に臆病だった人にこそ届いた、“素直になれない自分”を抱きしめるための物語だった。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。