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45年前、日本中の耳が喜んだ“軽やか先鋭的ポップス” 80年代にロングヒットした“やたら印象に残る曲”

  • 2025.7.24

1980年、テレビCMの言葉づかいは軽くなり、ファッションもヘアメイクもどこか自由で、音楽にも“余白”が生まれつつあった。そんな時代にひょっこり現れた1曲が、人々の耳にささやかで心地よい違和感を残した。

竹内まりや『不思議なピーチパイ』(作詞:安井かずみ・作曲:加藤和彦)ーー1980年2月5日リリース。

資生堂の春のキャンペーンソングとして誕生したこの楽曲は、彼女にとって4枚目のシングルであり、ロングヒットを記録した。

そして何より、この“ちょっと不思議なタイトル”と“跳ねるようなサウンド”が、45年経った今も色褪せることなく耳に残っている。

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(C)SANKEI

広告から生まれ、時代を超える名曲に

曲名の『不思議なピーチパイ』は資生堂の春のキャンペーンのコピーで、コピーライターの土屋耕一が考えた「ピーチパイ」に、糸井重里が「不思議な」を付け足したことで生まれた。つまりこの曲は、広告から生まれた“ポッププロダクト”でもあったのだ。

とはいえ、出来上がったのは紛れもなく一流のポップス。奇抜ではないのにやたら印象に残る。それが『不思議なピーチパイ』だった。

オープニング数秒で惹き込む、春の空気のイントロ

この曲の魅力を語るなら、まず冒頭の数秒に触れないわけにはいかない。ベースの上にキラキラとしたグロッケンのような音が響き、スネアが軽やかに跳ね、ストリングスがふわっと立ち上がる。

イントロのあと、竹内まりやの柔らかな声が響いた瞬間、もう曲の世界観が完成している。

「開けたての窓から春風が入ってくるようなイントロ」――そんなイメージがぴったりくるオープニングの完成度は、1980年代ポップスの中でも群を抜いている。

派手な高揚ではないけれど、気分がひとつ軽くなるような音の設計。聴いた人の体温をほんの少しだけ上げる、ポップスの魔法がここにある。

軽やかに跳ねるグルーヴと、声の立体感

この曲のアレンジには、洒脱で洗練されたポップセンスが詰まっている。

ベースとドラムのタイトなグルーヴに、エレピ(エレクトリックピアノ)が軽やかに寄り添い、控えめながら印象的なストリングスが全体を包み込む。派手さを抑えつつ、音の一つ一つが柔らかく弾み、聴き手の気分をそっと持ち上げるような作りだ。

その中で、竹内まりやのボーカルは張らず、飾らず、声で感情を押しつけない。だからこそ、聴く側に余白が生まれ、日常の中にすっと溶け込む。

さらに印象的なのが、サビで重なるコーラスワーク。ハーモニーというより“音のレイヤー”として機能していて、主旋律を包み込むように空間を広げていく。

まさに、“声も楽器のひとつ”として扱った、さりげなく先鋭的なポップスアレンジだ。

今なお心に残る、“軽やかで温かい違和感”

『不思議なピーチパイ』は、息の長いヒットになった。タイアップの強さだけでなく、「なんかクセになる」という感覚が多くの人に届いたからこその記録だ。

80年代初頭は、まだ「J-POP」という言葉すらなかった時代。フォークでも歌謡曲でもないこの曲は、ちょっと不思議な“音の果実”として、次の時代の先触れになっていたのかもしれない。

45年が経った今も、この曲の魅力はまったく古びていない。

聴けば気分が少しだけ晴れて、でもどこか懐かしい。意味はよくわからないけど、耳が喜ぶーーそんな音楽体験がここにはある。

『不思議なピーチパイ』は、ヒットソングというより、“ポップの現象”として記憶に残る1曲だ。

不思議な果実は、確かにあの春、日本中の耳に届いた。そして今も、私たちの心にふわりと香っている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。