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東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第49回(野尻)「一般人は、芸人を『つまらない』と言ってはいけないのか?」

  • 2026.11.5
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 提供:無尽蔵 野尻
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 提供:無尽蔵 野尻

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出・「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が交互に綴っていく。第49回は野尻回。

第49回(野尻) 「一般人は、芸人を『つまらない』と言ってはいけないのか?」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。普段SNSを見ていると、芸人のネタを表立って一般のユーザーが「つまらない」とか「意味が分からない」と言うことは遠慮するべきだという空気を感じます。頭ごなしに芸人のネタを否定することは、その人が無教養で審美眼がないことを露呈しているようなものだ──そんな「つまらないって言うお前がつまらない」的な圧力が、お笑い界にはある気がします。芸人をジャッジしていいのは芸人だけだという価値観は、果たして正当なものなのでしょうか。

他のジャンルはどうでしょう。例えば、映画業界には豊かな批評文化と論壇があり、有名な評論誌も評論家も枚挙にいとまがありません。彼らは表立って有名な映画をこき下ろすし、その年の最低な映画を決める「ゴールデンラズベリー賞」なんてのもあるほどです。お笑い界にそんな賞があったら、もう大変なことになるでしょうね。単なる悪質ないじめとしか受け取られないと思います。

考えてみれば、大ヒットした作品を批評家がこき下ろしても蟻のひと噛みに過ぎないでしょうが、お笑いは映画や音楽のように多くの利害関係者を持つ巨大産業ではないという点が重要です。お笑いのネタはほとんど演者個人によって制作され、演者の人間性を色濃く反映した(時に人間性そのものである)小さなスケールで作られています。大したマネーを生まない、個人経営の商店です。だからこそ、批判がいじめのように見えやすいという構造的違いがあります。

また、多様な感想を許す他ジャンルと違い、「お笑い」は「笑い」という鑑賞効果を自らの名前をもってして指定しているため、「面白い/つまらない」という一次元的な尺度に観客の感想が収斂してしまうという特徴があります。実際、お笑いネタのほとんどは笑いを引き起こすことのみを企図して作られているため、「つまらない」という感想の存在自体が、一個人の感想を超えて、作品の機能不全をストレートに突きつけ、お笑いはそのとき完全に失敗しているように映ります。このような暴力性があるため、お笑いと批評に今日まで蜜月関係は訪れておらず、「お笑いを語りたいなら、よほどの達人でない限り、まず肯定しよう」や「つまらないじゃなくて、好みじゃなかったと言おう」という慎重な批評態度が推奨されています(個人的には、私もそう思います。その方がお笑いの体験を豊かにしてくれるはずです)。

しかし、テレビで『M-1』や『キングオブコント』が放送されると、そういったお笑いの「鑑賞作法」を心得ていない人たちの目にもネタがふれ、SNSには驚くほどの否定的なコメントが溢れます。「○○っていう芸人初めて見たけど、終始真顔だったわ」のような。

賞レースに限らず、芸人がある程度売れて衆目に晒されるようになったら、とにかく頭ごなしに否定するコメントが集まります。これに辟易した芸人が「顔も出さずに卑怯だ」などとしばしば憤り、それは時に「一般人がSNSをやるな」という論にまで敷衍することもあります。その気持ちはとてつもなく分かるのですが、冷静になって考えてみると、匿名が前提のインターネット空間に芸人の方がお邪魔しているだけなのだということに気付きます。

スマートフォンが日本に普及するよりずっと前から、BBSの時代から、コンピューター・ギークたちが作り上げた文化にフリーライドしている身分であるという自覚を芸人は持つべきでしょう。世の中の人は芸人より遥かに堅実でリスク管理の意識も備わっているから、顔と名前を世の中に公開したりしないのです。本来インターネットは名もなきユーザーが匿名性を生かして自由闊達に議論をする場所だという側面があります。だから「一般人が匿名でSNSで芸人にとやかく言うな」と芸人が論じることは、なんとも植民地主義的な特権意識が見え隠れしているように思えます。勝手に顔出しをしてるのはこっちですからね。

とはいえ、その匿名性ゆえに芸人に対してユーザーが過度に攻撃的になることもあるし、言われのない誹謗中傷まで浴びせることがあります。それは絶対に許されないことですし、仮に猛烈な批判の中にかなり的確なものも含まれているとしても、芸人がそれらに向き合う必要はないと私は思います。なぜなら、芸人はある程度才能さえあれば、常にご機嫌でいる方がメリットが大きいからです。芸人はネットにお邪魔する前から「ウケる/ウケない」という評価に晒され続けていますしね。

結論を申し上げますと、一般人が芸人に「つまらない」と言ってもいいと私は思います。まあ本人に直接伝えるかは良心やマナー次第ですが。単純な話、世の中の状態として一般人が匿名で色々と文句を言えたほうが健全だと思いますし、例えば周りから忖度を受けまくる裸の王様的なベテラン芸人、旧態依然とした人権意識で制作されているテレビ番組、生ぬるい内輪ノリ、それに付随するさまざまな既得権益など、そういったお笑い界にはびこる悪弊や偏りを「つまらない」という言葉で一般のユーザーがキャンセルすることにはとても意味があると思います。先述の通り、お笑いは「つまらない」の一言で機能不全に陥るので。

テレビやスマホでたまたま流れてきた芸人を、即座に笑えなかったからという理由で「つまらない」と見下して気持ちよくなるのではなく、自分なりの感性や正義に基づいた「態度表明」として「つまらない」と言ってみる。それは決して、不当なことではないはずです。

 提供:無尽蔵 野尻
提供:無尽蔵 野尻

■無尽蔵

サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出、「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出。

無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao

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