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オジー・オズボーン、妻が明かす最期の会話「強く抱きしめて」

  • 2026.10.28

2025年7月に76歳で亡くなったオジー・オズボーン。妻のシャロン・オズボーンが英BBCのインタビューに応じ、オジーと交わした最後の会話や、今も毎日欠かさず訪れているという墓について語った。(フロントロウ編集部)

真夜中に頼まれた「2回のキス」

オジーが息を引き取ったのは、イギリス・バッキンガムシャーにある一家の自宅だった。パーキンソン病や脊椎の骨折など、長年さまざまな健康上の問題を抱えていたとはいえ、その死はあまりに突然だった。BBCによると、その日の朝、オジーはいつものように早起きして階下へ向かい、トレーニングをした直後に心臓発作を起こした。救急ヘリが呼ばれ、救命措置が施されたものの、命を救うことはできなかった。

現在74歳のシャロンは、その前夜のことをこう振り返る。

「夜中に話をしたの。オジーが目を覚まして、2回キスしてほしいと言うから、そうした。それから彼は『抱きしめて、強く抱きしめて』と言って、私はそのとおりにしたの」

「次に気がついたときにはもう早朝で、誰かが部屋に駆け込んできて『すぐ下に来て』と言った。急いで階下に駆け下りたけど、もう手遅れだった」

1970年に出会い、1982年に結婚した2人。シャロンは夫婦関係について「最高の時もあれば、ひどい時もあった。変わった関係だった」と認めながらも、人生の最後に、オジーは自分がどれほど愛されているかを理解していたと語った。

墓を自宅の庭に設けた理由

オジーの死から約15か月。シャロンは悲しみについて「人生で最も愛した人を失ったのだから、ある朝目を覚まして『もう大丈夫、立ち直った』なんてことにはならない」と語る。

「決して乗り越えられない。でも、その悲しみとともに生きていくことは学べる。今はそれを学ぼうとしているところ。部屋に閉じこもったままでいるか、現実を受け入れて折り合いをつけるか、どちらかしかないの」

オジーが眠っているのは、一家の自宅の庭だ。ファンから届いたカードやメッセージはすべて集めて整理し、写真に収めた。葬列の際に手向けられた花は堆肥にして、庭にまいたという。公共の墓地を選ばなかった理由について、シャロンは次のように説明した。

「オジーを公共の墓地に埋葬するなんて、考えられなかった。著名人のお墓がどうなるかを見てきたから。人々が次々とお参りに来て、安らぐことができない。それがずっと続くの。私はオジーに安らかに眠っていてほしかった。ただ静かに、そこにいてほしかったの」

墓を訪れているかと聞かれると、「もちろん、毎日。窓から彼のお墓が見えるの」と答えた。今もオジーによく話しかけているそうだが、何を話しているのかと尋ねられると、唇に指を当てて優しく「シーッ」とだけ返したという。

最後のステージから17日間の幸せ

オジーが故郷バーミンガムのヴィラ・パークで、ブラック・サバスとの最後のステージに立ったのは2025年7月5日。それまでにも脊椎の骨折や肺炎など、深刻な健康上の問題に苦しみ、背中の手術後には敗血症で命を落としかけたこともあった。公演の2週間前には、心臓が弱っていることを理由に、医師から出演を取りやめるよう勧められていたという。

それでも玉座に座ったまま最後までステージをやり遂げたオジーは、公演後、とても幸せそうだったとシャロンは振り返る。

「ネットでレビューを読みながら『何かがおかしい』と言うの。『どうして?』と聞いたら、『誰も俺をこき下ろしてない。なんでみんな俺に優しいんだ?』って」

シャロンが「みんなあなたが好きだからよ」と答えたというこのやりとりからも、オジーが最後の公演をどれほど喜んでいたかが伝わってくる。ステージを終えたオジーは、座ったままでもファンは気にしないだろうから、またツアーに出たいと言い出したほどだった。

「彼の曲の歌詞を借りるなら、彼は再び『フライング・ハイ』な状態だった。最後の17日間、彼はずっと舞い上がっていた。本当に素晴らしくて、喜びに満ちあふれた日々だった」

その最後のステージを収めたライブフィルム『Back to the Beginning』は、日本でも10月28日のジャパンプレミアを皮切りに上映される。シャロンが語った「最後の17日間」の始まりとなったステージを、スクリーンで見届けることができる。

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