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「子連れに苦情を言った私」が昔の自分を思い出してお手紙を書いた理由

  • 2026.10.26
ハウコレ

便箋に書いては破り、また書き直しました。上の階の母親に本当に伝えたかったのは、苦情を言った私自身が、ずっと昔にしまい込んでいた話です。

真上の部屋から響いていた足音が、ある時期を境にほとんど聞こえなくなりました。代わりに増えたのは、顔を合わせるたびに聞く「すみません」です。上の階の若い母親は、私を見ると必ず頭を下げました。そのきっかけを作ったのが自分だということも、よく分かっていたのです。

集合ポストの前で口にした苦情

一人で暮らす部屋の真上に若い家族が越してきて、2か月ほどたった頃のこと。床を走る音が続き、テレビの音量を上げる日が増えていました。そんな折、集合ポストの前で母親と小さな男の子に会い、気づけば口にしていたのです。

「上の部屋の方よね。走り回る音、下まで響くのよ」

「すみません、気をつけます」

深く頭を下げた母親にうなずき、郵便物を手に部屋へ戻りました。言い方がきつかったかもしれない。それでも、言ったこと自体は間違っていないつもりでした。

エレベーターで見た男の子のしぐさ

翌日には、焼き菓子の箱を持った母親が玄関先に立っていました。

「先日は本当にすみませんでした」

「ご丁寧に、どうも」

それ以上どう続ければいいのか分からず、箱を受け取ってドアを閉めました。

それからというもの、天井からの音はずいぶん小さくなりました。エントランスでもエレベーターでも、母親は私を見るなり頭を下げるように。男の子の手を引いて、足早に通り過ぎていくこともありました。

ある日、エレベーターで乗り合わせると、男の子が人差し指を口に当てて母親を見上げました。

「しーっ、だよね」

「すみません、うるさくて」

そのしぐさには見覚えがありました。40年ほど前、団地の4階で息子を育てていた頃の、私と息子の姿です。顔を向けていられず、扉の上の数字ばかり見ていました。2階に着くと、そのまま降りました。

便箋に残せなかった昔の話

団地に住んでいた頃、下の階の人から何度も苦情を言われたものです。会うたびに謝り、息子には口に指を当てて見せ続けました。そのうち息子は、家の中で大きな声で笑わない子に。大人になった今も、電話の声は小さいままです。

あの母親に同じことをさせているのは、ほかでもない私でした。

その日から、何度も便箋に向かいました。昔の話、言いすぎたことへのおわび、気にしないでほしいという気持ち。けれど読み返すと、どれも若い母親にもう1つ荷物を背負わせるようで、何枚も破りました。最後に残ったのは、一行だけです。

「もう謝らないでください」

名前は書かず、折りたたんだ便箋の外側に部屋番号だけを書いて、上の部屋のポストに入れました。

そして...

それから、エントランスで会っても、母親は「すみません」と言わなくなりました。頭だけを下げて通り過ぎる彼女に、私も会釈を返すだけです。昔の話をしたい気持ちはあっても、まだ切り出せないまま。ただ先日、天井の向こうから、男の子の笑い声が一度だけ聞こえました。テレビの音を少し下げて、それが止むまで聞いていました。

(70代女性・無職)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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