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「まだ使えるのに」とだけ言った俺が、妻の捨てたマグカップを4年間使い続けた理由

  • 2026.10.24
ハウコレ

引っ越しの荷造りの日、不燃ごみの袋に入っていく青いカップを、俺は黙って見送れませんでした。画面越しに見ていたあのカップの話を、妻にはまだ一度も話していませんでした。

机の引き出しから、茶渋の輪が残った青いマグカップが出てきました。オフィスが自由席に変わるのに合わせて、4年使った机を片づけていたところです。少し迷ってから、俺はそれを紙袋のいちばん上に入れました。

画面の端に映っていたカップ

妻と付き合い始めてまもなく、俺の転勤で1年ほど遠距離になりました。毎晩のように通話をつないでいた頃、画面の向こうの彼女はいつもあの青いマグカップを両手で持っていました。仕事の話をするときも、眠そうに笑うときも、カップは決まって画面の端に映っていたのです。

一緒に暮らすと決めて、彼女の部屋で荷造りを手伝っていた日。不燃ごみの袋に、そのカップが入っていくのが見えました。

「まだ使えるのに」

「欠けてるし、もういいの」

本当に言いたかったのは、そういうことではありませんでした。あの1年まで一緒に袋へ入れられたように見えたのです。ただ、それを言うのは自分でも大げさな気がして、それ以上は口にしませんでした。

袋の口をほどいた日

彼女が段ボールをもらいにスーパーへ出かけたあと、結ばれた袋の口をほどきました。カップを新聞紙で包み直し、自分のリュックの底に入れました。妻に告げずに持ち出したことは、4年間言えないままでした。

新居の食器棚に並べる勇気はなく、会社の机に置くことにしました。始業前に給湯室でコーヒーを入れ、そのカップで仕事を始めます。企画が通らなかった日も、残業が続いた週も、取っ手の欠けに親指がかかるたび、画面越しに相づちを打ってくれた彼女を思い出しました。

会社でずっと使ってた、とだけ

私物を持ち帰った次の日、家のテーブルでもいつもの習慣のまま、紙袋から出したそのカップにコーヒーを注ぎました。気づかれるかもしれない、とは思っていました。

「これ、私が捨てたやつだよね」

妻の目は、取っ手の付け根に向いていました。カップを両手で包むように持ち直し、言葉を探して、出てきたのはこれだけです。

「会社でずっと使ってた」

コーヒーを飲み干し、時計を見て立ち上がりました。画面の向こうの話から始めるには、出勤までの時間が足りない。そう自分に言い訳をして、流しでカップをすすぎ、水切りかごに伏せて家を出ました。

そして...

帰宅すると、青いカップは食器棚の手前、妻のマグカップの隣に並んでいました。

妻は何も聞いてきませんでした。俺も、まだあの1年の話を切り出せていません。次の日もそのカップにコーヒーを注ぐと、向かいの席の妻が、一度だけ取っ手のほうを見ました。

(30代男性・会社員)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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