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杉本博司の代表作〈海景〉のある部屋。六景

  • 2026.10.16

古代人も見た風景、さらに遡って、生物として誕生したときの記憶。杉本博司の代表作〈海景〉はロマンを込めてそう語られる。幸運にもそれを手に入れ、住まいや仕事場に掛け、眺める6人の部屋を訪ねた。あなたはなぜ、日々、〈海景〉とともにあるのですか。

photo: Mie Morimoto / text & edit: Yoshio Suzuki

杉本博司《Lake Superior, Eagle River》2003年、《相模湾、江之浦》2025年
BRUTUS

《相模湾、江之浦》

人生や生き方まで変える美術作品はあるだろうか。彼はあると答えてくれた

杉本博司《相模湾、江之浦》2025年
《相模湾、江之浦》2025年

〈海景〉の静寂や水平線の広がりが空間全体に静粛をもたらし、日々のビジネスの重圧からのバランスをとり、心を落ち着かせることがあるだろうか。この住人にその質問をすれば明確に、それはあると答えてくれる。

東京都港区内のマンションの改装を杉本と一級建築士の榊田倫之が共同で主宰する建築設計事務所の新素材研究所に委ねた。念入りに仕上げられた漆喰の壁の上に2025年に撮影された《相模湾、江之浦》が映える。

彼はアメリカの資産運用会社の日本代表を務め、2ヵ月に1度はアメリカ本社へ赴く。カリフォルニアにも自宅があり、そこには杉本との最初の縁となった大判の《スペリオル湖》が掛けられている。ほかにも〈劇場〉〈ジオラマ〉〈Opticks〉など複数の杉本作品を所有している。

2021年頃から茶道を始めた。師匠を迎え、友人たちを招く本格的な茶会をここで開催している。お茶を始めてからは季節に合わせ、花を選び生けることも楽しみである。

《相模湾、熱海》

窓から望む生きている海とそれに向き合う静止した海。時間、永遠を考える

杉本博司《相模湾、熱海》1997年
《相模湾、熱海》1997年 ©Hiroshi Sugimoto

熱海駅からタクシーで15分ほど。高台に立つマンションの広いベランダからは海が一望できる。多忙な東京でのビジネスとここでのオフの時間。この部屋の住人の仕事はカラーブランディングディレクターだ。

配色の美しさだけでなく、色彩心理を用いて企業の社員食堂の環境改善、店舗の売り上げ向上、商品価値の向上などを仕掛け、トータルブランディングに関わるのが彼女の生業(なりわい)である。

長野県諏訪に生まれた彼女はもともと熱海という土地に興味を抱いていた。地元のワインバーで知り合った美術館関係者の導きで杉本の《相模湾、熱海》を入手することができた。熱海の本物の海と向き合うように掛けている。

杉本が語る〈海景〉のコンセプト「古代の人も現代の我々も共通して見られる風景」に深く共感する。自身の原風景は、幼少期を過ごした長野の諏訪湖であり、湖の向こうに八ヶ岳を望む「水平・垂直」の構図が、無意識のうちに〈海景〉への愛着と結びついているのではないかと感じている。

《Tasman Sea, Marion Bay》

アーティスト、デザイナー、料理人への敬意。彼の成功の根底にはそれがある

杉本博司《Tasman Sea, Marion Bay》2017年
《Tasman Sea, Marion Bay》2017年

家主はインテリアブランドやプロダクトなど計11〜12社のPR・営業窓口を担っている。そんなインテリアのプロフェッショナルとしての視点から「空間として成り立つ貴重なアート」として〈海景〉を高く評価している。

ギャラリーを訪れ、最初の一枚としてイタリアの海を購入。およそ半年後には作品集の表紙を飾るタスマン海を買った。それはどうしても欲しかった海だった。アートを倉庫に眠らせるのはアーティストに失礼であるという考えからこの住まいに飾り、日常の中で楽しんでいる。

クリエイティブな活動をする人々に接することが大好きで、杉本博司、名和晃平という大御所作家から若手アーティスト、家具デザイナー、そして彼は大変な食通なので、料理人へのリスペクトは徹底したもの。敬意を込めた親密な関係を築くことこそ理想と考えている。

彼の部屋を訪れ、〈海景〉を見た知人もまた購入。良いものは自然に広がるという信念は仕事にも趣味にも通じる。

《相模湾、江之浦》

都市の喧騒を抜けて静穏な我が家に辿り着き、海景に迎えられ心落ち着く

杉本博司《相模湾、江之浦》2022年
《相模湾、江之浦》2022年

近年、急速に賑やかになった気がする最寄り駅だが、そこから離れるにつれて閑静な環境に収まる住宅地になる。山手通り(環状6号線)からも近いのに。

こちらの家族は以前、世田谷の駒沢公園の近くに住んでいたのだが、そこはRC造だったこともあり、木の家を求め(こちらは木とRCの混構造)、また交通がより利便であること、愛犬のための庭の確保などを考慮し、この家を建てた。設計は、知人の紹介を通じ、杉本と建築家・榊田倫之が主宰する新素材研究所に依頼することとした。

樹齢数百年を超える屋久杉、京都市電の軌道敷石や大理石の沖縄産勝連トラバーチンが贅沢にあしらわれている。職人が丁寧に仕上げた漆喰や左官壁にも感服する。

当然ながらこの家は杉本作品との相性は秀抜。建物竣工年の2022年に神奈川県の江之浦で撮影された〈海景〉のほか、〈建築〉《ル・コルビュジエ設計ロンシャンの礼拝堂》、〈劇場〉《パリ、オペラ座ガルニエ宮》が邸内各所に掛かる。

《Tasman Sea, Table Cape》

海景は都市に住む自身が深呼吸をするための窓と語る彼の職業は建築家

杉本博司《Tasman Sea, Table Cape》2016年
《Tasman Sea, Table Cape》2016年

混沌とした景観を持つ都市に住む日常の中、自宅に〈海景〉を飾ることは「気持ちをフラットに戻す」「深呼吸できる窓を持つこと」だとこの部屋の住人は語っていた。

彼は主に高級戸建住宅などを手がける建築家で、ゲストラウンジやシェフズキッチンを備えた空間にアートや工芸を導入する提案を行っている。学生時代から佐賀町エキジビット・スペースで展示を見るなど、現代アートに興味を持っていた彼は、今や自ら手がける住宅にジェームズ・タレルのコミッションワークを導入したりした。ローレンス・ウェイナー、アルフレッド・ジャーなどの作家を好む。

知人の紹介が契機となり、杉本博司の〈海景〉や〈オペラ劇場〉など複数を所有。赤坂御所を見下ろす窓の側にタスマニア島から眺めたタスマン海を飾り、日々眺める。

この南半球の海のほか、アメリカ大陸と日本の〈海景〉やヨーロッパの〈オペラ劇場〉を掛けていて、それはこの家の中に世界が揃っているとも解釈できる。

《Lake Superior, Eagle River》

仏教美術に魅せられ、辿ってきた道のりの行き着く先で出会ったもの

杉本博司《Lake Superior, Eagle River》2003年
《Lake Superior, Eagle River》2003年

都内、大使館が点在する閑静な住宅街。この住人の職業は編集者。中学・高校時代に仏像や寺院の魅力に目覚め、仏教美術に傾倒してきた。自身は現代美術コレクターではなく、仏教美術に魅せられた者であり、同じ文脈により杉本博司、宮島達男、名和晃平の作品も集まってきたと語る。ゲルハルト・リヒター作品も所有し、曼荼羅(まんだら)に譬(たと)える。

彼にとって杉本との出会いは衝撃だった。2003年の『歴史の歴史』展で杉本所有の古美術と杉本が創作した作品を並列させるコンセプトに圧倒された。以来、心酔している。

8世紀に作られた法隆寺の「百万塔」や六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)の「泥塔(泥でできた舎利塔)」を所有しており、そこに杉本の《光学硝子五輪塔》を招き入れた。

地水火風空の要素で構成される塔の「水」は《スペリオル湖、イーグルリバー》の海景。その同じ場所で撮影された別テイクのプリントを掛けてある。時間軸では分散していた2つの海はここでは収束し、同じ時間が静謐(せいひつ)に流れる。

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