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「家賃は全部俺が払う」と言った俺が、彼女のスマホの画面で初めて知ったこと

  • 2026.10.15
ハウコレ

半年かけて作ったメモの表には、彼女の今の数字が1つも入っていませんでした。払う側だから決めていい。その考えが誰の口癖から来ていたのか、カウンターの前で気づかされました。

隣で、彼女が財布の留め具を外す音がしました。俺の免許証の隣に置かれたのは、彼女の免許証。その少し前、俺は担当者の前で、家賃は全部自分が払うと言い切っていました。

半年分の数字

彼女と一緒に暮らそうと決めた半年前から、スマホのメモに家賃の表を作っていました。

家賃が9万円なら、11万円なら。彼女が前に話してくれた書店のおおよその手取りから、半分を払った場合に手元に残る額を、条件を変えて何通りも計算しました。どの行を見ても、残るのはわずかな額でした。

だから家賃は俺が全部持つ。そう決めた時点で、部屋も俺の職場の近くでいいと思っていました。残業で帰りが遅くなるのは俺のほうで、払うのも俺なのだからと。

「お前の稼ぎじゃ無理」は、実家で何度も聞いた言葉です。家族旅行も冷蔵庫の買い替えも、パートに出ていた母が意見を言うと、父がそう言って話を終わらせていました。母は「そうね」と笑って、台所へ戻っていったものです。

あの言い方だけはしない。ずっとそう決めていたはずでした。

カウンターで出てしまった言葉

左の紙を指先で2回たたいて、俺は言いました。

「家賃は全部俺が払うから、俺の職場に近いほうにしよう」

身分証を求められて免許証を置くと、その隣に彼女の免許証が並びました。

「私名義で契約させてください」

「家賃全部払えるんでこちらの家にします」

右の間取り図が担当者のほうへ滑っていくのを見ながら、頭の中にメモの数字が並びました。9万円を1人で払えば、彼女が毎月楽しみにしている新刊を買う余裕もなくなる。そう思ったときには、口が先に動いていました。

「お前の稼ぎじゃ無理」

父と同じ言い方でした。隣の彼女の顔は、見られないまま。

傾けられたスマホの画面

彼女がスマホを、俺にだけ見えるように傾けてカウンターに置きました。

「副業してるの。最近、けっこう良い感じなんだ」

画面に並んでいたのは、本の紹介文を書く仕事の入金履歴でした。顔を近づけてスクロールすると、日付が新しくなるほど金額が増えていました。

スマホを彼女のほうへ戻しても、口を開きかけては閉じるばかり。そのうちに彼女は担当者へ向き直り、差し出された申込書にペンを走らせていました。契約者の欄に彼女の名前が書かれていくのを、横から見ていることしかできませんでした。

俺のメモのどこにも、この数字は入っていませんでした。あったのは、前に聞いた手取りの話だけ。表を作っていた半年の間、彼女に「今どうなの」と聞いたことは一度もなかったのです。

左の部屋を選んだときも、彼女の通勤が何分になるのか調べていませんでした。払う側だから決めていい。それは、父が母にしていたことと同じでした。

ペンが置かれても、俺は間取り図に目を落としたままでした。

そして...

改札の手前で、俺は「帰ったら、話したいことがある」と伝えました。

俺の部屋で、表を見せて、父の口癖の話をしました。彼女は最後まで聞いて、「数字は、次から一緒に見たい」とだけ言いました。「お前」と呼んだことを謝ると、少しだけうなずきました。

寝る前に、メモの表を作り直しました。契約者の欄には彼女の名前を入れ、家賃の行は空けたまま。次に2人で開くまで、そこは埋めないことにしました。

(20代男性・システムエンジニア)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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