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数学者が「ほつれが途中で止まる」編み方を発明

  • 2026.10.12
数学者が「ほつれが途中で止まる」編み方を発明
数学者が「ほつれが途中で止まる」編み方を発明 / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

お気に入りのセーターの袖口から1本の糸がぴょんと飛び出しているのを見つけると、つい引っぱりたくなってしまいます。

編み物は、たいてい1本の糸だけで帽子やセーターまで作れてしまう、長い歴史をもつ技術です。

作り方はとてもシンプルなのに、編み方しだいで構造が変わり、硬さや伸び方もがらりと変わるため、近年は新しい機能をもつ素材として研究者からも注目されています。

ところが編み物には、たった1つの編み目のミスが生地全体へ広がってしまうという、困った弱点があります。

この「一度ほつれたら止まらない」という性質は、編み物である以上、避けられない宿命なのでしょうか。

そんな中、日本の立命館大学らの研究チームは、ほつれが広がっていく仕組みに「結び目」の数学で迫りました。

研究の詳細は、日本の立命館大学らにより、2026年5月12日付で学術誌『Physical Review X』に掲載されました。

目次

  • 編み物はなぜ「ほつれ」が止まらないのか
  • 編み物をドーナツに巻きつけると見えてきたもの
  • 「計算が重すぎる」という壁と、編み物を教えてくれた母

編み物はなぜ「ほつれ」が止まらないのか

編み物はなぜ「ほつれ」が止まらないのか
編み物はなぜ「ほつれ」が止まらないのか / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

そもそも編み物は、布の作り方の中でもかなり特殊な方法です。

編み物では、糸の両端が生地の外側に出たままになっています。

そして糸の途中にできたループ(輪)を、別のループにくぐらせることをくり返して形を作っていきます。

つまり糸はどこも結ばれていないのに、ループどうしが絡み合うことで、その場にとどまっているのです。

この作り方のおかげで、編み物は手軽で、どこへでも持ち歩いて作ることができます。

しかしその反面、ほどけた糸の端を引っぱると、作品全体があっという間にほどけてしまうことがあります。

さらに編み物には、ほかにも素早く広がっていくミスに弱いという特徴があります。

その代表が「ラダリング(はしご状のほつれ)」と呼ばれる現象です。

これは1つの編み目を落とすと、そのほつれが縦の列にそって下へ下へと滑り落ち、列がまるごとほどけてしまうというものです。

研究者は「1つの単位がほどけると、そのすぐ下の単位もほどけ、それがくり返されて、どこまでも広がっていくのです」と説明しています。

外部の専門家によれば、これまでも編み目のミスを数学で記述する研究はありましたが、それはミスを「止まったもの」として扱うものでした。

ミスが生地の中をどう動き、どう広がっていくのかまでは、捉えられていなかったのです。

そこで研究チームは、このほつれの「広がり方」そのものを数学で解き明かそうとしました。

編み物をドーナツに巻きつけると見えてきたもの

編み物をドーナツに巻きつけると見えてきたもの
編み物をドーナツに巻きつけると見えてきたもの / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

研究チームが使ったのは、糸やひもの絡まり方を扱う「結び目理論」という数学の分野です。

チームはまず、初心者が最初に習うような基本の編み目「シングルジャージー」の立体モデルを作りました。

そしてこのモデルを、「トーラス」と呼ばれるドーナツ形の表面にぐるりと巻きつけたのです。

ドーナツに巻きつけると、編み地の上下に「端」がなくなり、編み目の模様だけがそのまま残ります。

こうすることで編み物の模様全体が1つの巨大な「結び目」に置き換わり、結び目理論で分析できるようになるのです。

研究チームはこのドーナツの上に何段もの編み目を描き出し、1段のミスがどう広がって、生地全体がほどけるまでに至るのかを調べました。

この過程は「欠陥伝播(けっかんでんぱ)」と呼ばれ、研究チームはこれこそが「編める布」を特徴づける性質の1つだと述べています。

実際にチームは、糸の絡み合い方の制約に注目して、棒針編みやかぎ針編みをほかの布の構造と見分ける一般的な基準を示しました。

さらに、ミスがどう広がるかを見ることで、その見分け方が実際に使えるものになることも示しています。

この研究は、「どうやって作るか」という作り方と、「どれだけ壊れやすいか」という弱さのあいだに、根本的なつながりがあることを浮かび上がらせました。

今回の研究に参加していない、ドイツのコンストラクター大学の応用数学者アレクサンダー・オメルチェンコ氏は、ミスの動きを描いたこの研究を「とても独創的なアプローチだ」と評価しています。

そして、ここからが本題です。

分析を終えた立命館大学の物理学者ダイスケ・S・シマモト氏は、結び目理論の基本的な操作を使って、新しい編み目を設計しました。

それが「ロバストニット(頑丈な編み目)」です。

ロバストニットは、大きく弧を描くループが1目ではなく2目をまたいで交差する、少し複雑な編み目です。

この編み目でも、ほつれが広がること自体は起こります。

しかしそのほつれは、1段下がるごとに小さくなっていき、やがて止まってしまうのです。

ほつれが逆に大きくなっていくのは、1つの段で2目以上を落とした時に限られるといいます。

つまり「一度ほつれたら最後」だった編み物の弱点に、数学で歯止めをかけたというわけです。

「計算が重すぎる」という壁と、編み物を教えてくれた母

「計算が重すぎる」という壁と、編み物を教えてくれた母
「計算が重すぎる」という壁と、編み物を教えてくれた母 / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

もちろん、この研究にはまだ課題もあります。

オメルチェンコ氏は、数学を現実の編み物に落とし込んだ点を高く評価しています。一方で、新しい編み目の可能性をドーナツ形の図ですべて調べ尽くそうとすると、計算の手間が現実的でないほど膨大になると指摘しています。

今回のロバストニットは、あくまで「数学でほつれに強い編み目を設計できる」ことを示すための実証例という位置づけです。

シマモト氏は、この成果がいつか、ものづくりの現場でより丈夫な布をデザインするきっかけになることを期待しています。

研究チームも、ほつれの広がり方を理詰めで捉えることで、壊れにくさを狙いどおりに調整した布を設計できるようになると述べています。

ちなみに、この研究の舞台裏には、ちょっとほっこりする話もあります。

シマモト氏とオメルチェンコ氏は、どちらもそれぞれの論文を書くにあたって、母親から編み物のアドバイスをもらっていました。

シマモト氏にいたっては、編み物を教えてくれたお礼として、母親を論文の著者に加えたそうです。

オメルチェンコ氏も「繊維の研究者と話すより、彼女と話すほうが少し役に立つこともあった」と振り返っています。

1目落としただけで縦にするすると走っていくあの「はしご」も、ループが2目をまたぐように編み方を変えれば、段を下るごとに縮んで自然に止まるのです。

編み物のほどけやすさは、糸の通し方という作り方そのものと根本的に結びついていたというわけです。

ストッキングの伝線にも、ぜひ同じ数学で歯止めをかけてほしいところです。

参考文献

Mathematicians invented a knitting stitch that stops mistakes from spreading (Scientific American)
https://www.scientificamerican.com/article/mathematicians-invented-a-knitting-stitch-that-stops-mistakes-from-spreading/

元論文

Topological Defect Propagation to Classify Knitted Fabrics
https://doi.org/10.1103/g565-3dyn

ライター

天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。

編集者

ナゾロジー 編集部

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