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放送作家・町山広美の映画レビュー 『ワンオペレーション』、『グルスポングの奇跡』

  • 2026.10.13

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

ケアをめぐる恐怖と笑い 家族をめぐる欺瞞と混乱

愛し愛されて生きるのさと小沢健二は歌ったが、「ケアし」と「ケアされ」の総量が同じくらいで終わることができたら、理想的な人生と言えるかもしれない。社会もまた、それが叶うように設計されるべきだろう。

だが多くの人生は不均衡だ。「ケアされ」がゼロ、「ケアし」に走り回ってるのが、『ワンオペレーション』の主人公リンダ。限界ギリギリだ。

幼い娘は摂食障害を患っていて、少しの不安や変化にパニックになり、母としては右往左往。担当医の指導は厳しく、娘のお腹に刺すことになってしまった栄養チューブはリンダを苛む。仕事も忙しく、夫は長期出張が常。十分しんどすぎるワンオペライフなのに、アパートの天井に突然、大きな穴があく。水漏れ、アスベスト。大家の対応はおざなりで、近所の粗悪なモーテルへ避難するハメに。

あり得そうな厄介ごとが、あり得なくもない密度で雪崩を打つ、極限状態だ。画面に娘を映さない、というアイデアがすごい。娘に起因する厄介ごと、悲鳴やわがままを、愛する娘という存在から乖離した「恐ろしい何者かからの急襲」に感じてしまう、というリンダの異常な心理状態を、観客に体感させることに成功している。ホラーの仕組みを借りて、孤立の恐怖を描いてみせたのだ。

しかしこれはゾッとさせるだけの映画ではない。リンダがセラピストで、患者の悩みや戸惑いを一対一で受け止めるのが仕事だとわかってくると、「ケアさせられ過ぎ」のコント的設定なのかもと見方がちょっと変わってくる。

しかも、リンダ自身の担当セラピストにコナン・オブライエンを配置。トーク番組の司会者だったおしゃべり好きな彼が、この役では、患者にノーリアクションを貫く。その、ケアの「省エネ」ぶりは、ケアが渋滞状態のリンダと好対照だ。

さらには、人気アーティストとしても富豪としても超がつくリアーナ様を引きたてるイクメンぶりが有名な、ラッパーのエイサップ・ロッキーが、モーテルの従業員を演じリンダの周りをうろちょろする。よくも悪くもリラックスしきった様子で、敷居低く気遣いをしてくる。これまた別角度でリンダと好対照な、ケアを身構えないこの人物に、まさに適任だ。

副題でもある原題「脚があれば、あんたを蹴飛ばす」は、身動きが取れない焦燥の叫びだ。ワンオペ・ホラーであり、ケアを考察するコメディでもある。本作をメアリー・ブロンスタイン監督が、困難な子育てを含めた長い雌伏を経て完成させたと知れば、見事な昇華に敬意を捧げたくなる。

『グルスポングの奇跡』は、老女ふたりが出来事の再現を演じてはしゃぐ様子で始まり、ほのぼのドキュメンタリーを偽装する。巧みな編集の企みだ。丁寧な暮らしを愛する北欧文化への憧れも一役買えば一層、異様な展開に翻弄されまくることに。

スウェーデンの小さな町、グルスポングで老姉妹が、若くして死んだ姉に瓜二つの女性に出会った。実は双子だったその片割れ、生き別れの姉に
80歳を過ぎてめぐりあったのだ。この奇跡を撮ってくれと、マリア・フレデリクソン監督は頼まれた。

ノルウェーに暮らす「姉」を迎えての感動的な再会は、何度も捻転する。違う環境で育った血縁者、ナチスの影、宗教や価値観の隔たり、思い込み、違いと憎しみ……監督も混乱に巻き込まれ、真実は白く霞んでいく。

どちらの映画も女性監督の手で、母親もしくは老女、という多くの映画で定型的に描かれてきた存在の、見たこともない闇が立ち上げられ、現実と虚構が錯綜し、清濁の混乱が引き攣るような笑いを引き出す。「面白い」の進化を目撃するはずだ。

『ワンオペレーション』

25年 米 113分 監督・脚本:メアリー・ブロンスタイン 出演:ローズ・バーン、コナン・オブライエン、エイサップ・ロッキー、ダニエル・マクドナルド 9/18(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

© 2025 Legs Film Rights LLC. All Rights Reserved.

『グルスポングの奇跡』

23年 スウェーデン・ノルウェー・デンマーク 108分 監督:マリア・フレデリクソン 出演:カーリ・クロ―、マイ=エーリン・ストーシュレットゥン、オーウラグ・バッケヴォル・オストビー 9/4(金)より池袋シネマ・ロサ、シネマート新宿ほか全国順次公開

© 2023, Ballad Film, SVT, Film i Väst, Film Stockholm, Mer Film, GoodCompany Pictures. All rights reserved.


文=町山広美

放送作家、コラムニスト。担当番組に「有吉ゼミ」「マツコの知らない世界」、「上田晋也のサンデーQ」など。東京と沖縄で2拠点生活をしている。

イラスト=小迎裕美子

※InRed2026年10月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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