1. トップ
  2. エピソード
  3. 誕生日の前日に「推しがいる女は無理」と言った彼が、ライブ会場に来ていた

誕生日の前日に「推しがいる女は無理」と言った彼が、ライブ会場に来ていた

  • 2026.10.4
ハウコレ

物販の列から見つけた彼は、値札のついたままのペンライトを握って、あたりを見回していました。「一回、見てみたくて」。その言葉の続きを、彼は口にしませんでした。

ペンライトの電池を入れ替えている途中で、彼から「今日だよね」とだけ届きました。返事を打ちかけて、画面を伏せてしまいます。半年前に言われた言葉が、まだ引っかかっていたからです。

誕生日の前日に言われた言葉

付き合って3か月の頃、彼の誕生日と推しのライブが重なりました。チケットは知り合う前に取っていたもので、当日は行きたい。そう伝えて、お祝いは前日にしようと提案しました。彼は箸を置き、しばらく皿を見ていました。

「推しがいる女は無理」

そのあと「悪い、言いすぎた」と続きましたが、先に出た方の言葉が残りました。うなずいて、別の話をしたのを覚えています。ライブには行きました。ただ、曲の途中で何度もスマホを確かめてしまい、歌詞が頭に入りませんでした。

それからは、彼の前で推しの話をしなくなりました。ペンライトは押し入れの奥へ。ライブの予定は「友達と出かける」に言い換えます。彼が嫌がるものを見せなければ、この関係は続く。そう決めるたび、押し入れの奥の袋が重くなる気がしました。

物販の列で見つけた見覚えのある背中

会場前の広場は、開場を待つ人であふれていました。友人と物販の列に並びながら、セットリストを予想し合います。その視線の先に、場違いな人がいました。

黒いシャツに黒いリュック。グッズを何も身につけていない男性が、つま先立ちであたりを見回しています。彼でした。

名前を呼ぶと、彼はこちらを見つけて、列の横まで歩いてきました。手には、値札のついたままのペンライト。

「なんでここにいるの」

「一回、見てみたくて」

それだけ言って、彼はペンライトの袋を持ち直しました。友人が気を利かせて列を離れ、2人が残ります。聞きたいことは山ほどあるのに、口から出たのは「チケット、どうしたの」でした。「取れた」。彼は短くそう答えました。

無理だと言った人が、私を探していた

開場のアナウンスが流れ、彼は「先に入ってる」と入口の方を指しました。彼の背中が人波に紛れていくのを、その場で見送ります。来ると知っていれば、一緒に入ればよかったのに。そう思ったあとで、先に知らされていたら断っていたかもしれない自分にも気づきました。

半年前の言葉と、今日の姿が、頭の中で噛み合いませんでした。嫌いなら来なければいい。来るなら、先に言ってくれればいい。どちらでもない行動を、どう受け取ればいいのかわかりません。

フロアに入ると、少し離れた前の方に、人の肩越しに黒いリュックが見えました。周りの人がペンライトを振り始めても、彼の手元だけが暗いままでした。

そして...

1曲目が始まっても、彼はペンライトの袋を開けられずにいました。隣の人に何か言われて、やっと光ります。振り方もわからないまま、周りより半拍遅れて揺れる青い光。

その光を見ながら、自分のペンライトを、いつもより低く持っていました。半年前から押し入れにしまい込んでいた光を、彼の前で高く掲げていいのか、決められずにいたからです。

終演後、出口の近くで彼が待っていました。

「楽しかった?」

半年前なら、「まあまあ」と答えていたと思います。

「楽しかった」

そう返すと、彼は「そっか」とだけ言って、私の手の中でまだ光っているペンライトを見ました。その光を、しまわずに歩き出しました。

(20代女性・事務職)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ