1. トップ
  2. エピソード
  3. 患者娘「絶対に父には言わないでください」面会中は笑顔だったのに…病室を出た瞬間、“表情が一変”したワケ

患者娘「絶対に父には言わないでください」面会中は笑顔だったのに…病室を出た瞬間、“表情が一変”したワケ

  • 2026.10.27
undefined
出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

精神科病棟では、患者さんだけでなく、ご家族と話す機会もあります。面会中、穏やかに患者さんと話し、スタッフにも丁寧に挨拶をするご家族を見ると、良好な関係なのだと感じることがあります。

しかし、目の前の様子だけでは、ご家族が抱える悩みまでは分かりません。

今回紹介するのは、アルコール依存症で入院していた高齢男性Aさんと、娘のBさんとの出来事です。
面会中は穏やかに過ごしていたBさん。ところが、Aさんが病室へ戻ると、私にこう声をかけました。

「今からお話しすること、父には絶対に言わないでください」

その言葉の裏には、面会中には見えなかった、ご家族の複雑な思いが隠されていました。

「お父さん、元気そうでよかったね」

その日、午後の面会時間にBさんが病棟を訪れました。受付を済ませたBさんは、スタッフに丁寧に挨拶をしました。

「いつもお世話になっています」

「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」

病室へ案内すると、Aさんは娘の姿を見て、少しうれしそうな表情を浮かべました。

「おお、来たんか」

「うん。調子どう?」

「まあまあやな」

「ご飯は食べられてる?」

「食べとるよ」

Bさんは笑顔でうなずきました。

「それならよかった」

Aさんが何か話すと、Bさんは相づちを打ち、ときには笑いながら話を聞いていました。

「退院したら、また家でゆっくりできるな」

Aさんがそう話すと、Bさんは一瞬だけ表情を止めました。けれど、すぐに笑顔に戻りました。

「そうだね。まずは体調を整えようね」

その様子を見ていた私は、親子で落ち着いて話せているのだと思っていました。

Bさんはスタッフに対しても丁寧で、Aさんにも優しく接していました。少なくとも、面会中の二人からは、大きな衝突や険悪な雰囲気は感じられませんでした。

面会終了の時間になると、BさんはAさんに声をかけました。

「また来るね」

「おう、頼むわ」

Bさんは最後まで穏やかに手を振り、病室を出ていきました。ところが、病棟の出口へ向かう途中、Bさんが足を止めました。

「すみません、少しお話ししてもいいですか?」

その表情は、面会中とは違っていました。

「父には絶対に言わないでください」

私はBさんの話を聞くため、落ち着いて話せる場所へ案内しました。Bさんは周囲を気にするように少し視線を動かしてから、口を開きました。

「今からお話しすること、父には絶対に言わないでください」

「分かりました。まずはお話を聞かせてください」

Bさんは少し間を置き、話し始めました。

「退院後のことなんですけど…家族の中で、意見がまとまっていなくて」

「退院後の生活について、ですか?」

「はい。父は家に帰るつもりでいるんです。でも、家族としては、すぐに以前と同じ生活に戻すのは難しいと思っていて」

Bさんは言葉を選ぶように、ゆっくりと話しました。

Aさんはアルコール依存症の治療のため入院していました。退院後にどこで生活するのか。飲酒を再開しないためにどのような支援が必要なのか。家族としてどこまで支えられるのか。

考えなければならないことは、いくつもありました。しかし、家族の間でも考え方は違っていました。

「私は、父がまた体調を崩すんじゃないかと心配なんです。でも、ほかの家族は、もう本人の好きにさせたらいいんじゃないかって」

「そうなんですね」

「私だって、できれば家に帰してあげたいんです。でも、帰ったあとにまた同じことになったら…と思うと、怖くて」

Bさんは、そこで口を閉じました。

「今日、父が退院したら家でゆっくりできるって言ったじゃないですか」

「はい」

「本当は、まだ何も決まっていないんです」

面会中、Bさんは父親の話に笑顔で相づちを打っていました。しかしその裏では、退院後の生活をどうすればよいのか、答えが出ないまま悩んでいたのです。

面会中に笑っていた理由

「お父さんには、今の話を伝えたくないんですか?」

私が尋ねると、Bさんはうなずきました。

「今、本人に話したら、きっと不安になると思うんです」

「そう感じているんですね」

「入院中も、退院できるかどうかをずっと気にしていて…。やっと少し落ち着いてきたのに、家族が揉めているなんて知ったら、また不安定になるんじゃないかって」

Bさんは、膝の上で両手を握りしめていました。

「だから、面会のときは普通に話そうと思っているんです。心配させたくないから」

私は、先ほどの面会中の様子を思い出しました。

Aさんが退院後の話をしたとき、Bさんは一瞬だけ表情を止めていました。あのとき、Bさんは何も考えずに笑っていたわけではなかったのです。

父親を不安にさせないように、言葉を選び、表情を整え、穏やかに接していたのでしょう。

「でも、私もどうしたらいいのか分からなくて」

Bさんは、少し声を落としました。

「父のことは心配です。でも、私一人で何とかできるわけでもないし…。家族の中でも意見が違うし」

「お一人で抱えるには、難しいことがたくさんありますよね」

そう伝えると、Bさんは小さくうなずきました。

「そうなんです。誰に相談したらいいのかも分からなくて」

その言葉を聞き、私は、面会中の笑顔だけでは分からなかったBさんの負担を感じました。

「家族だから支えられる」とは限らない

病棟では、患者さんの退院に向けて、ご家族と相談する機会があります。

生活する場所、通院や服薬の継続など退院後の生活を考えるうえで、家族の協力が必要になることもあります。ただ、ご家族にもそれぞれの生活があります。

仕事や家庭の事情があり、患者さんを支えたい気持ちがあっても、すべてを引き受けられるとは限りません。

また、長い間、アルコール依存症という病気の問題に向き合ってきたご家族には、心配だけでなく、疲れや戸惑い、怒り、諦めに近い気持ちが入り交じっていることもあります。

それらは、面会中の短い会話だけでは見えにくいものです。Bさんは、父親を大切に思っていました。だからこそ、不安にさせたくない。

退院後も穏やかに過ごしてほしい。けれど、自分たちだけで支え続けられるのか分からない。相反する気持ちの間で、Bさんも迷っていたのだと思います。

私は、すぐに「お父さんには言わないでおきましょう」と約束することはしませんでした。

まずはBさんの気持ちと、何を心配しているのかを整理し、今後の退院支援にどうつなげられるかを考える必要があるからです。

「退院後のことは、Bさんだけで決めたり、抱えたりする必要はありません。ご家族が何を心配されているのか、病棟でも一緒に考えていきましょう」

そう伝えると、Bさんは少し安心したように息を吐きました。

「ありがとうございます。私も、どうしたらいいのか分からなくて…」

「感じのいい家族」という印象の、その先に

Bさんが帰ったあと、私は面会中の親子の姿を思い返しました。

丁寧な挨拶。穏やかな会話。笑顔での別れ。その様子だけを見れば、二人は落ち着いた関係に見えました。しかし、その笑顔の裏には、退院後の生活をめぐる不安や、家族の間で意見がまとまらない苦しさがありました。

もちろん、面会中に見せていた笑顔が偽りだったということではありません。

Bさんは父親を大切に思っていたからこそ、心配させないように振る舞っていたのでしょう。人は、相手を大切に思うほど、本当の気持ちを隠してしまうことがあります。

「心配をかけたくない」

「余計なことを言って不安にさせたくない」

そう考えて、つらさを表に出さないこともあります。

患者さん本人だけでなく、ご家族もまた、支援を必要としている場合があります。面会中の様子だけで「家族関係は良好そうだ」と判断してしまえば、その奥にある悩みに気づけないかもしれません。

あの日、Bさんが帰り際に打ち明けてくれたのは、退院後の生活への不安だけではありませんでした。

父親を心配する気持ちと、自分たちだけでは支えきれないかもしれないという不安。その両方を抱えながら、どうすればよいのか分からずにいたのです。

穏やかに見える人にも、言葉にできない事情がある。それは、患者さんだけでなく、ご家族にも同じことが言えるのだと感じた出来事でした。

※この記事は、プライバシー保護の観点から、個人が特定されないよう一部設定を変更して構成しています。



ライター:精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


【エピソード募集】日常のちょっとした体験、TRILLでシェアしませんか?【2分で完了・匿名】

の記事をもっとみる

注目コンテンツ