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「30万円払え。示談にしてやる」接触事故直後、その場で“一枚の覚書”を書いてしまった40代男性がハマった泥沼展開

  • 2026.11.6
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

「30万円払え。それで示談にしてやる」

事故の現場で、契約者のAさん(40代・男性)は、相手のBさん(50代・男性)からそう迫られました。Aさんはその場で、「30万円を支払って示談とする」という内容の覚書を書きました。

「現場で約束した以上、そのとおりに払うしかない」「保険会社に任せれば、約束はなかったことにできる」。そう考える人もいるのではないでしょうか。

しかし、このケースでは、その場を収めるために書いた一枚の覚書が、その後の交渉を思わぬ方向へ進めることになります。

今回は、損害保険会社で事故対応を担当していた私が、実際に担当した事故のお話です。

車線変更で起きた接触

事故が起きたのは夕方、緩やかなカーブが続く片側2車線の道路上。Aさんが車線変更をした際、後ろから直進してきたBさんの車と接触しました。Aさんの車の傷は大きなものではなく、Bさんの車も擦り傷程度の損傷とみられる事故でした。

ところが現場で、BさんはAさんに30万円の支払いを求めます。事故直後のことであり、修理費の見積もりなど、金額の根拠は示されていません。

「とにかくその場を収めたかったんです。保険会社に連絡してからと言えばよかったんですが、30万円払えば帰れると思ってしまって…」

Aさんは求めに応じて、その場で覚書を書きました。

その後、Aさんは自分の保険会社へ事故報告をおこない、担当となった私がAさんに代わってBさんとの交渉にあたることになりました。

現場で書いた覚書の扱い

まず、過失割合について整理しておきます。

車線変更する車には、変更先の車線を走る車の進行を妨げないよう注意することが求められます。過去の裁判例などをもとにした基準では、車線変更車と後方から来た直進車の事故は、70:30(車線変更車:直進車)が基本の過失割合です。なお、直進車にも、前方の状況に注意して危険を避けることが求められるため、一定の過失が見込まれます。

Aさんから聞いた事故状況では、今回の過失割合も70:30(Aさん:Bさん)と考えられました。

では、現場で書いた覚書はどう扱われるのでしょうか。

示談は、書面がなくても当事者同士の合意によって成立しうるものです。一方で、事故直後の合意であっても、錯誤(民法第95条)や強迫(民法第96条第1項)など一定の事情があれば、取消しなどを主張できる場合があります。

今回のBさんの言動が、直ちにこうした事情に当たるというわけではありません。しかし、今回の覚書については、損害額も過失割合も分からない事故直後に書かれています。30万円という金額にも根拠が示されておらず、こうした事情を踏まえて扱う必要がありました。

私はBさんに、この覚書だけで30万円の支払義務が当然に確定するわけではないと説明しました。そのうえで、損害額と過失割合を確認し、保険会社として対応すると伝えています。

しかし、Bさんは納得しませんでした。

「現場で約束しただろう。約束を破るのか。Aさんに直接連絡してやる!」

保険会社に任せたあとも続いた連絡

私は、Aさんの代理として交渉していることをBさんに伝え、Aさんへの直接の連絡は控えるよう求めました。しかし、Bさんは聞き入れません。

「お前と話をするつもりはない。当人同士の問題なのだから、首を突っ込むな!」

そう言って、Bさんは電話を切りました。私はすぐにAさんへ事情を説明し、もしBさんから連絡があっても「保険会社に任せています」と答えるよう伝えました。

ところがその後、Bさんは実際にAさんへ直接電話をかけ、現場で書いた覚書を理由に30万円の支払いを求めたそうです。

「何度もかかってきてしまって…。保険会社に任せたので、もう直接やり取りしなくていいと思っていました。また自分のところに電話が来るとは思わなかったです」

その後も、BさんからAさんへの連絡は続きます。私は通常の示談交渉で解決することは難しいと判断し、保険会社側から弁護士に対応を委任しました。

弁護士が間に入ってからは、BさんからAさんへの直接の連絡は途絶えました。その後、Bさんから修理費など具体的な損害額に基づく請求はなく、私や弁護士への連絡もなくなっています。

また、Aさん自身も車を修理する意向はなく、Bさん側への請求はおこないませんでした。

私はAさんに、今後Bさんから再び連絡があった場合は、私か弁護士に知らせるよう伝えました。そのうえで、一定期間が経ったところで保険会社としての対応はいったん終了としています。

代理店から受けていた案内

結果として、Aさんが30万円を支払うことはありませんでした。しかし、現場で書いた覚書を理由にBさんから直接の請求が続き、最終的には弁護士による対応が必要になりました。

実はAさんは、契約の際に代理店から「事故の現場では、相手と示談や支払いの約束をしないで」と案内を受けていたそうです。

「言われていたことは、頭の片隅にはあったんです。現場で不用意に約束してしまったばかりに、かえってややこしいことになってしまいました」

その場を収めるための一筆

事故の直後は、過失割合も損害額も分かりません。

その段階で書いた覚書は、あとから効力を争える余地があったとしても、相手が支払いを求め続ける材料として残ることがあります。保険会社が交渉を引き継いだからといって、それだけでなかったことになるわけではありません。

さらに、自動車保険の約款では一般的に、保険会社の承認を得ずに相手への賠償責任を認めたり、支払いを約束したりしないよう定められています。これに反して支払いを約束すると、本来負うべき賠償額を超える部分については、保険金が支払われないことがあります。現場での安易な約束は、相手との揉め事だけでなく、保険金の支払いにも影響しかねません。

現場で交わした約束がどう扱われるかは、事故の状況や合意に至った経緯によって異なります。一律に無効になるわけでも、書いた内容どおりの支払義務が当然に確定するわけでもありません。

だからこそ、相手から強く求められても、その場で金額や示談について約束したり、覚書を書いたりするのは避けたいところです。「保険会社に確認してから対応します」と伝え、まずはその場で約束しないことが大切です。


ライター:スライカズヤ
保険・自動車分野を専門とするライター。損害保険会社で事案担当者として10年間、示談交渉・損害査定・自動車修理の協定業務に携わり、数多くの事故対応の現場に立ってきた。初級技術アジャスター、3級ファイナンシャル・プランニング技能士、損害保険事業総合研究所 本科講座修了。専門性の高い知識を、正確に、分かりやすく伝えることを信条とし、「当事者にならないとわからない」事故と保険のリアルを読者に届ける。


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