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先生からもらったお礼状の見本を、僕は宛名だけ変えて母に送りました

  • 2026.9.27
ハウコレ

型を借りた文なら、口から先に出る「別に」は出てきません。既読がついたまま何も届かない画面を、僕は取り消しの長押しに指を置いたまま見ていました。

パン屋の裏口の段に座って、僕は先生からもらったお礼状の見本を見ながら、チャットの入力欄に宛名を打っていました。

「別に」しか出てこない口

中学2年の春から、母に何か言われると、口が先に動きます。「別に」か「うるさい」。言いたいことが別にあっても、そのどちらかが出たあとでは、もう続けられません。母から届くメッセージにも、既読をつけたまま返さないのが、いつのまにか普通になっていました。職場体験の3日間、僕は「弁当は普通でいい」と言っていました。それでも母は、形のそろった卵焼きと果物を入れてきました。体験先の人に「きれいなお弁当だね」と言われて、僕は「母が」とだけ答えました。

宛名だけを書きかえた見本

最終日、先生から配られたお礼状の見本には、「このたびは」から「ご報告いたします」まで、言葉が全部入っていました。空いているのは宛名と、体験先で見たことの欄だけです。書き終えて読み返すと、3日前に会ったばかりの人に、母には半年言えていない言葉を、僕は書いていました。型があれば、「別に」は出てきません。宛名の欄に「お母様へ」と打ちました。あとは見本のとおりです。母は勤め先で、目の前にはいません。目の前にいたら、読まれる前に「うるさい」が出るとわかっていました。終わりに、見本にはない文を足しました。「好きです」まで打って、消しました。打ち直して残したのが、「僕は、お母さんのことが、きらいなわけではないです」でした。

既読のまま止まった画面

送ってすぐに既読がつきました。それきり、画面は動きません。母は今ごろ、休憩室で笑っているのだろうか。見本を貼りつけた文がふざけて見えることは、送る前からわかっていました。取り消しの長押しに指を置いたまま、待ちました。裏口の前を配達の車が2台通り過ぎても、返事は届きませんでした。やっと届いた返事は、敬語ではありませんでした。「お礼状の練習だと思って、笑いかけました。ごめん。ぜんぶ読みました。お弁当は、明日からも作ります」。ふざけたと思われたのは、当たっていました。文の形は借り物です。自分で打ったのは、消したくなった終わりの文だけでした。「はい」と返して、少し考えて、もう1通打ちました。「明日は、僕が卵を焼きます」。

そして...

卵焼きは、形がそろいませんでした。母は何も言わずに、弁当箱の隅に入れました。今も、口を開けば先に「別に」が出ます。それでも、母からのメッセージには、短くても返しています。お礼状の見本は、机の引き出しにまだ入れてあります。

(10代男性・中学生)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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