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「もう潮時なんだよ」と笑った八百屋のおじさんが、最終日に手渡してくれた紙袋の中身

  • 2026.9.26
ハウコレ

行列の先で受け取った紙袋に入っていたのは、野菜ではありませんでした。おじさんが「潮時」と言った本当の意味は、今もわかりません。それでも、最後にもらったものは私のベランダに残っています。

商店街の八百屋に、見慣れない紙が貼られていました。読み終えてからも、私はしばらくその紙を見つめていました。

張り紙の前で聞いた1つの答え

「今月末をもって閉店いたします」。手書きの文字は、いつもの値札と同じ筆跡でした。この町に引っ越してきて3年、仕事帰りにこの店で野菜を買うのが習慣になっていました。おじさんは私の顔を覚えていて、頼まなくてもネギを新聞紙で巻いてくれます。

「どうして、急に」

レジ袋を受け取りながら聞くと、おじさんは笑って首の後ろをかきました。

「もう潮時なんだよ」

それだけでした。帰り道、冷蔵庫の中身を思い返しました。ここ半年、入っているのは駅前のスーパーで買った野菜のほうが多くなっていました。この店が閉まる理由の1つに、自分も入っているような気がしました。

最終日までの2週間、毎日通った理由

その日から、私は毎日店に寄るようになりました。買うものがなくても、小松菜を1束、じゃがいもを2個。同じことを考えた人は多かったようで、店先で顔を合わせる常連が増えていきました。

閉店まで1週間を切ったころ、おじさんが箱を運び終えるのを待って声をかけました。

「またどこかでお店やらないんですか」

「野菜はな、俺が作ってるわけじゃないから」

おじさんは箱を降ろしながら、そう答えました。

私はその言葉を、疲れの表れだと受け取りました。仕入れもままならない中で、1人で店を続けるのが重くなったのだろうと。それ以上は聞かず、小松菜を袋に入れてもらいました。

行列の先で受け取った紙袋

最終日、商店街に着くと、店の前に行列ができていました。段ボール箱はほとんど空で、残っているのはキャベツが数個。並んでいる人たちは野菜を買うためというより、おじさんに声をかけるために立っているようでした。

おじさんは1人ずつに、小さな紙袋を手渡していました。

私の番が来ると、袋を差し出してから言いました。

「いつも仕事帰りに来てくれて、ありがとな」

「こちらこそ」

そう返して、袋を両手で受け取りました。

家に帰って開けると、中に入っていたのは小松菜の種が入った小さな袋と、短いメモでした。

「プランターでも育つ。40日くらい。」

店がなくなる代わりに、自分で育ててみてくれということなのだと思いました。私は種の袋をしばらく冷蔵庫の扉に貼り、次の休みに小さなプランターを買いました。

そして...

種は芽を出し、今ではベランダに小松菜が並んでいます。朝に水をやり、食べられる大きさになったものから少しずつ摘むようになりました。

商店街のあの場所には、まだ新しい店は入っていません。

おじさんが何を思って「潮時」と言ったのかは、結局聞けないままです。私が通わなくなったことも理由の1つだったのかもしれないし、まったく違う事情があったのかもしれません。

ただ、小松菜を見るたびに、仕事帰りにネギを新聞紙で巻いてもらった店のことを思い出します。

あの紙袋の中に入っていたのは、店がなくなったあとにも残せるものだったのだと思っています。

(30代女性・会社員)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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