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病気を特別扱いしない、近年話題の「セルフ透析」がもたらしたラッパー・ダースレイダーの日常

  • 2026.9.17
病気を特別扱いしない。ラッパー・ダースレイダーの日常
病気を特別扱いしない。ラッパー・ダースレイダーの日常

ラッパーとして活動しながら、脳梗塞や腎不全など、いくつもの病気を経験してきたダースレイダーさん。現在は、クリニックで透析の準備から針刺し、片づけまでを自ら行うセルフ透析を続けています。

その日々をつづった『セルフ透析はじめました』(KADOKAWA)には、妻と2人の娘との暮らしも登場します。病気や透析を隠さずに話し、治療を日常に組み込みながら、これまでの暮らしを続けるために大切にしていることを聞きました。

※本記事はダースレイダー著の書籍『セルフ透析はじめました』から一部抜粋・編集しました。

ダースレイダーさん (C)ダースレイダー/KADOKAWA
ダースレイダーさん (C)ダースレイダー/KADOKAWA

病気のことを「触れてはいけない話」にしない

――33歳で脳梗塞を発症。その後、腎機能が悪化し、40歳の頃には「余命5年」と告げられました。透析を始める決断には迷いもあったそうですが、家族にはどのように伝えたのでしょうか。

ダースレイダー:当時は、僕自身が「透析を始めたらおしまい」ぐらいに考えていて、なかなか決断できませんでした。でも、透析を始める前は気持ちが悪く、吐くこともあり、体調はもう限界でした。家族もその姿を見ていたので、この状態が続くのは大変だと分かっていたと思います。

僕自身、透析がどのような治療なのか、よく分かっていませんでした。始めると伝えたときは、かなり悲壮な顔をしていたんでしょうね。家族の間にも重い空気が流れました。娘たちからは「成人するぐらいまでは、ちゃんと面倒を見てください」と言われました。妻も娘たちも僕の決断を受け止め、「それぐらいは頑張らないとね」という雰囲気でした。

クリニックでセルフ透析中のダースレイダーさん。透析中は、資料を読んだり、持参したおにぎりやお弁当を食べたりして過ごすのが日常 (C)ダースレイダー/KADOKAWA
クリニックでセルフ透析中のダースレイダーさん。透析中は、資料を読んだり、持参したおにぎりやお弁当を食べたりして過ごすのが日常 (C)ダースレイダー/KADOKAWA

――「心配をかけたくないから、家族には詳しく話さない」という考えはありませんでしたか。

ダースレイダー:病気や透析は、僕にとって日常の一部です。調子のいい日も悪い日もあることを、隠す必要はないと思っています。病気を「触れてはいけない話」にすると、かえって周りも、どう接していいのか分からなくなりますよね。

セルフ透析についても、透析のためにつくった腕の血管に触れてもらい、「ここに自分で透析用の針を刺すんだよ」と話したことがあります。初めてうまく刺せたときには、妻が「はい、拍手」と喜んでくれました。いまでは、「明日、何してるの?」「明日、透析か」みたいな感じです。

透析が始まっても、家族の暮らしは大きく変わらない

――透析が始まってから、家族の暮らしは変わりましたか。

ダースレイダー:生活のリズムは大きく変わっていません。妻は仕事、娘たちは学校や塾があり、帰宅が遅い日もあります。内心では心配や苦労もあると思いますが、僕に合わせて家族全員が予定を変える、ということは特にありません。ただ、細かな変化はあります。

たとえば、透析を受けた日は湯船につからずシャワーだけにするので、お風呂のお湯は抜いてもらって、透析のない日は、僕が入れるように残しておいてもらいます。いまでは、それもわが家の日常です。

――透析には食事制限がつきものというイメージがあります。毎日の食事で気をつけていることはありますか。

ダースレイダー:僕が通うクリニックでは、食事を厳しく制限するのではなく、「よく食べ、よく動き、しっかり透析をする」という方針です。だからといって、何も意識しないわけではありません。透析を始めるときには栄養士さんから説明を受け、リンやカリウムを多く含む食材についての資料を妻とも共有しました。

妻は、味つけを薄めにしたり、普段のご飯を雑穀米にしたりと工夫してくれています。「味が足りなかったら、それぞれ足して」という感じなので、子どもたちも薄味に慣れました。ただ、外食で白いご飯が出ると、「やったー、白いご飯だ」と喜びますね(笑)。

――著書の中で『食卓は家族会議の場』と書かれていますが、病気の話をするとき、重い雰囲気にはなりませんか。

ダースレイダー:家族会議といっても、病気のことだけを改まって話すわけではありません。食事をしながら体調や治療について話すこともあれば、娘たちの学校や僕の仕事の話もする。病気のことも、わが家ではいつもの話題の一つです。

――日々の食事を工夫しながら、誕生日などには外食も楽しんでいるそうですね。

ダースレイダー:わが家では、誕生日には必ず外食します。誕生日を迎える本人に食べたいものを聞いて、ステーキを食べたり、ケーキを買ったりしてお祝いします。そういう日は、気にしすぎずに楽しみます。

もちろん、これは僕の体の状態や、先ほど話したクリニックの方針に合わせたやり方です。定期的な採血で数値を確認し、必要があれば食事を調整する。普段は工夫をしながら、特別な日は家族で楽しむ。そうしたメリハリを大切にしています。

透析も旅の予定の一つ。家族の楽しみを諦めない

――本には、家族で韓国を旅行した際、現地で透析を受けたことも書かれています。旅先で透析を受けるには、どのような準備が必要なのでしょうか。

ダースレイダー:旅行先で透析を受けられる施設をあらかじめ探し、普段通っているクリニックから治療に必要な情報を送ってもらいます。最近では、仕事で佐世保へ行ったときに透析を受けました。韓国でも、旅の途中で僕だけ透析へ行きました。家族にとっては、それも旅の予定の一つ。僕が透析を受けている間は、それぞれ好きなことをして過ごします。

ただ、受け入れ先がすぐに見つかるとは限らず、国内でも事前の調整や書類の準備が必要です。海外では費用の確認など、さらに手続きが増えます。それでも、治療があるからと諦めず、実現する方法を探すことが大切だと思っています。

――病気になって、家族との関係に変化はありましたか。

ダースレイダー:病気だからと、家族が一方的に僕を支え、僕は支えられるだけ、という関係ではありません。いま行っているセルフ透析のおかげもあって、仕事は以前とほとんど変わらず続けられています。家族は重々しく構えず、「ほどよく頑張ってね」という距離でいてくれる。その温度感が、僕には心地いいんです。

余命を告げられた頃は、子どもたちの成長をどこまで見られるのか分からないと思っていました。でも、透析を始めて、この子たちと長く付き合っていけるかもしれないと思えるようになりました。いまは2人の勉強にも付き合っています。嫌がる娘に勉強させるのは大変ですけど(笑)、成長を見守れるのは楽しみですね。

――これから、家族と一緒にしたいことはありますか。

ダースレイダー:娘たちをロンドンへ連れて行きたいですね。僕はフランスで生まれ、イギリスで育ちました。以前も家族でロンドンへ行きましたが、下の娘はまだ1歳ぐらいで、ほとんど覚えていません。成長した娘たちと、もう一度、自分が育った街を歩きたいんです。

僕の場合、透析は基本的に1日おきで、透析を受けない日が続くのは長くても2日です。長い海外旅行には、現地の透析施設を探し、手続きを整える必要があります。簡単ではありませんが、きちんと準備すれば実現する方法はきっとある。「透析患者、ロンドンへ行く」。いつか娘たちと、そのチャレンジをかなえたいですね。

取材・文=宝田真由美

【著者プロフィール】

ダースレイダー

1977年パリ生まれ。ミュージシャン、ラッパー。MCバトル主催やインディーズレーベル設立で若手育成に尽力し、現在のフリースタイルブームの基礎をつくる。2010年に脳梗塞で倒れ左目を失明。その後も糖尿病や腎不全など複数の病気と闘い続けている。40代のときには腎機能の悪化により「余命5年」を宣告されたが、人工透析治療などを続けながら音楽やメディア活動を精力的に行う。

著=ダースレイダー/『セルフ透析はじめました』

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