1. トップ
  2. エンタメ
  3. 新・朝ドラや“ネトフリ新作”にも登場…!「最近、すごく見る」現在“フィーバー中”俳優、30年前から変わらぬ包容力

新・朝ドラや“ネトフリ新作”にも登場…!「最近、すごく見る」現在“フィーバー中”俳優、30年前から変わらぬ包容力

  • 2026.10.6
undefined
渡部篤郎(C)SANKEI

90年代から活躍していても、まだまだ世代交代をさせる気のないベテラン俳優はたくさんいる。50代になっても『GTO』で鬼塚英吉を演じた反町隆史、『踊る大捜査線 N.E.W. メトロポリスを駆け抜けろ!』で青島俊作を演じた織田裕二などを筆頭に、まだまだ現役の俳優の一人として渡部篤郎の活躍を挙げたい。SNS上でも「ずっとかっこいい」「最近、すごく見る」と注目を集める渡部の、変わらない魅力と進化を追う。

※以下本文には放送内容が含まれます。

『スワロウテイル』に刻まれた伝説的なかっこよさ

朝ドラ『ブラッサム』の恐ろしい父親、Netflix『ダウンタイム』の伝説的な美容外科医、『さよならノワール』の記憶を失った元刑事などなど。近年、渡部篤郎の姿を映像作品で目にする機会が続いている。ふと何の気なしに観たドラマや映画に渡部篤郎が出ている、と感じている視聴者も多いのではないだろうか。

1996年公開の岩井俊二監督作『スワロウテイル』が、30周年を記念した4Kリマスター版としてスクリーンに帰ってきた点も、渡部篤郎フィーバーに拍車をかけている気がしてならない。渡部演じるランの寡黙な色気、この人さえいればなんとかなると思わせてくれる包容力は、30年前から健在だった。

『スワロウテイル』は、円が世界でもっとも強い通貨となった架空の日本が舞台。無国籍都市“イェンタウン”で生きる人々の、まさに悲喜交々を鮮烈に浮かび上がらせた作品だ。ランは、主人公たちが集まる何でも屋のメンバーの一員で、凄腕のスナイパーである。

決して多くを語ることのない、無口で淡々としたラン。タバコを燻らせる姿や、銃を構える動作一つとっても重厚で、所作の背景に彼自身の人生を想像させる。細身の身体にまとった危険な空気と、簡単には他人を寄せつけない沈黙。しかし冷徹なわけではなくて、いざとなったら助けになってくれるあたりが粋で、にくい。

30年前の作品でもなんら古びた印象がなく、当時から渡部は彼独自の大御所感を背負っていた。2026年現在で58歳の渡部には、20代の頃の先鋭な美しさそのままに、演じる人物の過去や権威、消せない傷までをも感じさせる重力のようなものがある。

怖い父、伝説の医師、記憶を失った刑事

ここで直近の渡部の出演作を振り返りたい。2026年度後期の朝ドラ『ブラッサム』では、俳優生活約40年にして初の朝ドラ出演を果たしている渡部。彼が演じる“クズでモラハラな親父”こと葉野清治は、ヒロイン・葉野珠(石橋静河)の父親である。裕福な蔵元の長男でありながら家業を弟に任せ、自身は自由に生きる一方、家族には異常なほど厳しい。

まだ幼い娘を雨のなか裸足でお使いに行かせたり、夜通し朝まで暗い納屋に閉じ込めたりなど、その横暴さが目立つ。荒くれ者というよりは、実に静かにゆったりと恐怖に陥れるやり口だ。この人だけは怒らせてはならない、と思わせる迫力を纏っている。

次にNetflixシリーズ『ダウンタイム』では、仲里依紗演じる遠山凜の父で、美容外科クリニックの創業者・遠山新を演じている。かつて“神の手”と呼ばれた伝説的な美容外科医であり、娘や現在のクリニックに大きな影を落とす人物だ。

この作品での渡部は、成功者特有の揺るぎない自負と、自ら築いた価値観に囚われる人間の弱さを両立させていた。渡部そっくりに作られた精巧なダミー人形を使い、顔にメスを入れる手術場面が描かれたことも象徴的である。強者の身体が無防備にさらされることで、華やかな権威の裏にある脆さが浮かび上がった。

『さよならノワール』で演じた山崎創も、かつては主人公・黒木夏海(小池栄子)を導いた伝説的な刑事だった。しかし、失踪を経てふたたび姿を現した彼は、過去の記憶を失ってしまっていた。

自分が刑事だったことも、目の前で涙を流す夏海が誰なのかも分からない。渡部は山崎の抱えた空白を、虚ろな視線やわずかな表情の揺れで表現した。強かった男が何も持たない一人の人間へ戻る姿には、独特の痛切さが宿っていた。

危うい青年から“物語の重力”へ

『スワロウテイル』のランと、本稿で挙げた三役に共通するのは、登場した瞬間に画面の空気を変えるオーラである。

若い頃は、鋭い目つきと細身の身体、つかみどころのない沈黙が、危険な色気につながっていた渡部。60代を間近にした2026年現在は、声の間や姿勢、顔に刻まれたしわまでが、役の歩んできた歳月を物語る。後悔、喪失、老いへの恐れといった、簡単には言葉にできない感情が幾重にも重なっているのがわかる。

演じる立場も変わった。物語の中心を疾走する青年から、主人公の過去や価値観を形作る父親、医師、元上司へ。しかし、いわゆる“渋い重鎮”という枠に収まったわけではない。清治の不気味さ、新の執念、山崎の虚無。それぞれに違う種類の違和感を残し、作品そのものを揺らしている。

若さによる色気は、簡単には近づけない凄みへ。謎めいた沈黙は、人生の重みを感じさせる余白へと姿を変えた。それでも、画面に現れた瞬間に視線をさらう力は変わらない。次の世代を支える役へと移りながら、作品の主導権まで譲るつもりはないらしい。近年の旺盛な出演ぶりを見ていると、渡部篤郎はまだまだ世代交代などさせる気はないのだ。


※記事は執筆時点の情報です

の記事をもっとみる

注目コンテンツ