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「彼女以外とは結婚しない」ノルウェー国王夫妻のドラマチックな結婚秘話

  • 2026.9.3
BJORN FINSTAD / Getty Images

実に57年間連れ添ったノルウェーのハーラル5世とソニア王妃ですが、その愛の物語は、先日の国王の崩御によって幕を閉じました。長年にわたり王位に就いてきた夫妻の結婚生活の長さは、多くの人々にとって、当然のように思えているかもしれません。

ふたりがともに人生を歩み始めるまでにどれほどの年月を要し、どれほどの犠牲を払ったかについては、ほとんど知られていません。9年間におよぶ秘密の交際、世論の圧力、そしてノルウェー王室の将来を脅かす、王太子の最後通牒。彼らの物語はあまりにもドラマチックだったため、2025年にはPrime Videoで配信された『The Commoner(平民)』という北欧限定シリーズの題材にもなりました。これほど長い年月が経った今でも、多くの人々が彼らのロマンスに魅了されるのも無理はありません。以下、ノルウェー国王ハーラルとソニア王妃の驚くべき真実の愛の物語をご紹介します。

出会いは1959年のパーティ

父オーラヴ5世が王位に就いていたため、まだ王太子だったハーラルは、1959年に共通の友人がオスロで開いたディナーパーティで、若いソニア・ハーラルセンと初めて出会います。当時、ハーラルはノルウェー陸軍士官学校の士官候補生でした。ソニアは服飾関係の事業を営む商人の娘で、オスロ大学でフランス語、英語、美術史を学んでいました。その前には、スイスの名門フィニッシングスクールで、会計学とファッションデザインも学んでいます。誰もが認めるように、ふたりはひと目ぼれで、ハーラルは同年8月、自身の士官学校卒業舞踏会にソニアを招待し、そこで初めて一緒に写真に写りました。

秘密の交際

問題はすぐに明らかになりました。ノルウェー憲法が改正され、ノルウェー王位の完全な長子相続制(つまり、女性が王位を継承できる制度)が導入されるのは1990年になってから。ハーラルにはラグンヒル王女とアストリッド王女という2人の姉がいましたが、オーラヴ5世と亡き妻マッタ妃(夫が王位に就く前に亡くなった)の唯一の息子だったハーラルが、当時の唯一の相続人でした。そのため、父親は彼が貴族出身の女性と結婚することを期待していたのです。

1968年にオスロで撮られたハーラルとソニアの写真。 Keystone-France / Getty Images

ところが、ソニアは商人の娘だったので、平民とみなされ、1950年代から1960年代の王室や貴族の間では、ふたりの関係は大きな物議を醸すことに。ふたりは長年にわたり、交際をほとんど秘密にし、オスロのヴィンデレン地区にあるソニアの実家で密会を重ねました(ソニアの母親ダグニーが応援していました)。しかし、1964年、ノルウェーの報道機関で噂が流れ始めると、王室はついに声明を発表し、ハーラル王太子が平民と結婚することはない、と断言しました。

ハーラルが父親に最後通牒を突きつける

長年待ち続けたふたりは憔悴し、伝えられるところによると、そのプレッシャーの中で何度も別れと復縁を繰り返したそう。1965年、30歳の誕生日を迎えたハーラルはついに我慢の限界に達し、父親にきっぱりとこう告げます。「ソニアとの結婚を許されないなら、私は一生結婚しません」

これにより、オーラヴ国王はノルウェー政府と協議せざるを得なくなります。1968年は世界中で国際危機が激化した年でしたが、ノルウェーでは憲法上の危機を迎えることとなりました。ハーラルはノルウェーの王位継承権を持つ唯一の人物だったため、彼が結婚しないということは、事実上一族の統治を終わらせ、ひいてはノルウェー王室そのものを終わらせる可能性があったのです。ノルウェー議会は、正式には結婚を承認できないが、国王が祝福するならば公には反対しないと述べました。「私たちはただ待ち続け、彼らが最終的に折れてくれることを願っていました」と、ハーラルは何年も後に、ノルウェー国営放送NRKに語りましたが、実際に、彼らは折れたのでした。

オーラヴ国王がついにふたりの結婚を祝福

1968年の婚約発表後の写真。 Bettmann / Getty Images

1968年3月18日、オーラヴ国王はノルウェー議会への声明により、婚約を発表しました。「議長、そして議員の皆様。私は、首相、政府閣僚、議長、そして各政党の院内総務の助言を求めた結果、本日、私の愛する息子であるハーラル王太子が、故カール・アウグスト・ハーラルセン氏とダグニー・ハーラルセン(旧姓ウルリクセン)夫人の娘である、ソニア・ハーラルセン嬢を妻に迎えることに同意したとご報告できることを嬉しく思います」

ふたりの婚約発表を報じた、ノルウェーの新聞各紙。 Sjöberg Bildbyrå / Getty Images
ソニアとハーラルの結婚式当日の姿。 REPORTERS ASSOCIES / Getty Images

発表後は、祝賀のため全国各地の公共施設に国旗が掲げられました。ハーラルは、亡き母マルタ王女が所有していたダイヤモンドとルビーの指輪をソニアにプレゼント。それは、2000年に息子のホーコン王太子が婚約者のメッテ=マリット・ヒェッセム・ホイビーに贈った婚約指輪と同じものでした。

オスロ大聖堂で結婚式を挙げた新婚夫婦。 Keystone-France / Getty Images

感動的なことに、1968年8月29日、オスロ大聖堂で行われた結婚式では、オーラヴ国王がバージン・ロードを歩くソニアをエスコート。ソニアの父親は1959年に亡くなっていたからです。大聖堂は2500本以上の花で飾られ、850人のゲストが式に参列しました。花嫁はまた、チュールのベールを留めるのにティアラではなく、花の冠を選び、王室の伝統から逸脱しました。彼女のドレスも完璧に仕立てられていましたが、王室専属の仕立て屋が作ったものではなく、ノルウェーの高級ファッション専門店、モルスタッドで購入したものでした。

その後は長い人生をともに歩んだ

1981年に撮影した、夫妻と息子のホーコン、娘のマッタ・ルイーセの写真。 Getty Images

ノルウェーの新王太子妃となったソニアは、義理の姉であるアストリッド王女の後を継ぎ、ノルウェーのファーストレディの地位も引き継ぎました。アストリッド王女は、父が王位に就く前に母が亡くなったため、結婚後もファーストレディの役割を担っていたのです。また、姉のラグンヒル王女は1953年の結婚後まもなくブラジルに移住していました。

2014年にイースター島を訪れた国王夫妻。 The Royal House of Norway

ハーラル王太子とソニア王太子妃には、1971年に生まれたマッタ・ルイーセ王女と、1973年に生まれたホーコン王子という2人の子どもがいます。1991年1月17日にオーラヴ国王が崩御すると、夫妻はノルウェー国王と王妃となり、ソニアは52年ぶりのノルウェー王妃となりました。ノルウェーの君主は戴冠式ではなく、より厳粛な儀式である聖別式を前君主の葬儀後に行います。夫妻はその年の6月にトロンハイムのニーダロス大聖堂で聖別式を行い、即位を記念して、ノルウェー南部を10日間かけて巡りました。

2025年の国王夫妻。 The Royal House of Norway

1968年8月の結婚から50年後の2018年には金婚式を迎えた、ハーラル国王とソニア王妃。近年はふたりとも度重なる入院など、健康上の問題を抱えていたものの、変わらず仲睦まじい様子を見せていました。しかし、2026年8月28日、ソニア王妃は、57年間連れ添った夫に先立たれることとなりました。翌日は、奇しくも夫妻の結婚58周年記念日でした。

From : Town & Country
Translation : Mayuko Akimoto

※この翻訳は、抄訳です。
※この記事は、2026年9月3日時点のものです。

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