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養老孟司さん「AI時代の今、子育てする親に伝えたいこと」

  • 2026.8.30
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医学者・解剖学者で、2003年出版の著書『バカの壁』がロングセラーを記録している養老孟司さん。8月19日には、長年の友人で森のプロデューサーを務める﨑野隆一郎さんとの共著『きみがきみであるために 不自由の壁をぶち壊せ!』が発売されました。
本書は、生きづらさを抱える小中学生たちからの悩みに養老さんが答える問答集。現代社会のひずみの中で、子どもたちがさまざまな悩みや葛藤を抱える一方で、母たちもまた、これまでの子育てにはなかったような新たな壁に日々悩んでいます。そこで今回は、子育てなかの母たちが感じている「不自由の壁」を養老先生にぶつけてみました。

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AI時代、子どもに必要なのは「その場で考える力」

―養老さんはこれまで、「答えのない問い」についても考え抜き、「考えることを放棄するな」と発信してこられました。一方、テクノロジーが進化した今、子どもたちを取り巻く環境は大きく変わり、「考えなくても答えが手に入る」時代になっています。世界中の情報に簡単にアクセスでき、分からないことはAIが答えてくれる。そんな時代だからこそ、「すぐにAIに答えを求めるのではなく、自分の頭で考えてほしい」と願う親御さんも多いのではないでしょうか。

養老さん(以下同): AIに聞いてすぐに見つかるような答えならば、尋ねても構わないんじゃないですかね。これからの時代は、AIにも予測不可能な事態に直面した際に、その場で考え、答えを導き出す力が重要になってくるのだと思います。

―我が子に「その場で考えられる能力」を身に付けさせるため、親である私たちにできることがあるとしたら、どんなことだと思いますか?

たとえば、オーストラリアに引っ越してみてはどうですか? オーストラリアのように大自然が身近にある場所で暮らせば、突然、野生動物が現れることもある。そんなときAIに対処法を聞いている暇なんてありません。自分で考えて判断しなければ、自分の命を守れないんです。

予測不可能な事態が起こったとき、その場で考えて判断しなければ生きていけないような環境に身を置けば、AIやインターネットが教えてくれる答えだけでは足りないことを実感するでしょう。子どもたちが何でもAIに尋ねてわかった気になっているのは、日本がそれだけ安心安全だということですよ。

―オーストラリアへの引っ越しを実践するのは難しいかもしれませんが、ちょっとした自然に子どもを送り出すだけでも、自分で考えざるを得ない状況が生まれるかもしれませんね。

そうですね。自然のなかに身を置けば、自分の頭で考えるしかないことがたくさん起こります。今の世の中、知識さえ頭に入っていれば十分だと思いがちですが、人間は自然のなかで感覚を磨くことが非常に重要です。自然のなかでは、人間には予測もコントロールもできないことが次々に起こる。その場で対処するしかないですからね。目の前に突然ワニが現れても、AIは助けてくれません。

―そういう場に身を置くことで、子どもは自分で考え、学ぶようになるんでしょうね。

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箱根の別荘には、養老さんがここで制作を続ける昆虫標本のケースが。中学生の頃に作ったものから保管されているそう。

かごの中で虫を死なせてもいいんです

―「自然のなかに身を置くことが大切」という話のつながりで、もうひとつお聞きしたいことがあります。子どもはダンゴムシやバッタなどの虫が大好きです。ただ、そういった生き物を捕まえては「飼いたい」と自宅に持ち帰るものの「すぐに飼育に飽きて、死なせてしまう」というのも、親にとってはよくある悩みです。我が子に命の大切さを教えるためには、捕まえても飼育はしないほうがいいようにも思うのですが、結果的に死なせてしまう経験も大切なのでしょうか?

虫かごのなかで死なせてしまってもいいんです。その経験を通して、子どもだって「ほっといたら、虫も死ぬんだな」と実感するのですから。そして、後から胸が痛むのです。

―けろりとした顔で、また新たに虫を捕まえてきたとしても、子どもの胸は痛んでいるのでしょうか?

そりゃあ、痛んでいますよ。そういう出来事を通して、子どもは学ぶんです。大人が勝手に先回りして、なんでもかんでも止める必要はありません。

僕はね、子どもたちにはもっと虫捕りをしてもらいたいのです。虫を捕りに行けば、努力や根性、辛抱が身に付きます。「ちっとも捕れやしない」と文句を言いながらも、子どもたちはそこで辛抱を覚えていくものです。

―子どもたちは小さな頃、虫に夢中な子も少なくないですよね。目の前にシカやウマなどの大きな動物がいたとしても、その脇の草むらに潜んでいるバッタやトカゲの捕獲に必死だったり……。大人から見たら「そっち?」と思いたくなるようなことも多々です。

子どもは「自分自身の小ささ」を本能的に知っているんです。だから、大きな動物よりも小さな存在の生き物に親近感を持つのではないでしょうか。それに、こっちが無残に虫かごのなかで死なせてしまっても、虫は僕たち人間に意地悪をしないですからね。いつの時代も、意地悪をしてくるのは人間だけです(笑)。

まずは母たちが暇をもらったらどうでしょう?

―養老さんは、今回の著書のなかでも「小学校4年生くらいの時に虫が大好きになって、88歳の今までずっと飽きたことがない」「虫をいっぱい観察したいから、そのために仕事を頑張っている」と語るほどの虫好きで、好きなものへの情熱を今も絶やすことなく持ち続けられています。「我が子にも、夢中になれる何かを見つけてほしい」と願う親は多いものですが、子どもが「好き」を見つけるための秘訣などがあれば教えてください。

そんなものは何もないですよ。僕が虫を好きになったのは、ほかに何もなかったから。じっと虫を見ているぐらいしかやることがなかったんです。というか、僕が子どもの頃は、本当になんにもなかった。物がないんですよ。紙も配給制で満足にないから、本もありません。でも、なんにもないって大事なのかもしれませんね。

 

―現代の子どもたちは、勉強にスポーツに習い事に、と多忙です。好きなもの、夢中になれるものに出会う余白さえないというか……。

そうだと思いますね。日本は、大人も含め、みんな余裕がありません。子育てには余裕がいりますからね。まずは、お母さんたちから暇をもらったらどうですか? そもそも家電がここまで進歩したのだから、昔に比べると家事労働は減ったはずです。にもかかわらず、みなさん忙しそうですよね。テクノロジーの発展で浮いたはずの時間は、どうなってしまったんですかね?

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別荘にはイラストレーターの南伸坊さんによって描かれた「馬」と「鹿」が向かい合う「バカの壁」も。

「努力をすればなんとかなる」と信じたいだけ

―たしかに、家事を助けてくれるテクノロジーはどんどん進化しているのに、日本の母たちの手は一向に空きません。浮いた時間のぶん、今度は先回りして、子どものために手をかけるようになったのかもしれませんね。「親が手をかければかけるほど、我が子の明るい未来につながる」と、みんな頑張っている。けれど、子どもを思う親のその頑張りが、どこかで子どもたちを窮屈にさせているのかもしれません。

子育てにしても、何にしても、現代の人たちは「努力をすれば、なんとかなる」と信じているところがあります。まさに地球温暖化問題がそうだと僕は思います。「温暖化は人為的要因によって引き起こされている」と信じて疑わないのは、「人為的なものが原因なら、人の努力次第でどうにかできるはず」と思いたいからだと、僕は感じています。

人の力が及ばない自然現象が原因だとしたら、人間にはなす術がないですから。「どうしようもない」「自分たちではコントロールできない」ということを、子育てにおいても避けたいんでしょうね。

 

―まずは大人が心に余裕を持つことが、子どもたちに「余白」を与えるためにも必要なのかもしれません。

大人たちがいつも余裕なく、渋い顔をしていたら、子どもだってそうなりますよ。自分自身が夢中になれるものも、心の余裕もないのに、子どもたちにだけ「好きなものを見つけろ」「生き生きしろ」と願うのは、理不尽ですよね。子どもたちが生き生きと笑顔でいるためには、まず大人たちからなんじゃないですか。

55の問答には、自分軸で生きるためのヒントが満載

『きみがきみであるために 不自由の壁をぶち壊せ!』光文社

養老先生が、10年にわたり欠かさず参加している夏キャンプ「夏のガキ大将の森キャンプ」。リーダーの﨑野隆一郎さんは24年ものあいだ、多感で揺れる年ごろの子どもたちを見続けてきました。この本では、キャンプと同世代の小4から中3までの子どもたちから、今何に悩み、苛立ち、抜け出したいと思っているか意見を集め、その悩みや相談を、養老先生にぶつけてみました。普段子どもたちが親にも先生にも口に出して聞けないような質問に、養老先生は軽妙で、明快な答えを明示。子どもに活を入れつつ、心にそっと寄り添います。そして、キャンプを主宰する﨑野さんも、生きる力の取り戻し方を伝授します。
なぜ学校に行かなければならないのか、なぜ親はうっとうしいのか、なぜ生きることがこんなに不自由なのか……。「不自由の壁」に阻まれている思春期真っただ中の10代に、養老孟司先生が壁のぶっ壊し方を教えます。

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養老孟司
ようろう・たけし 1937(昭和12)年、神奈川県鎌倉生まれ。医学者、解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。京都国際マンガミュージアム初代館長。2003年に出版された新潮新書『バカの壁』が大ヒット、460万部超えのベストセラーとなる。『養老先生、病院へ行く』『かけがえのないもの』『まる ありがとう』『時間をかけて考える』など著書多数。趣味は昆虫採集。

 

ナビゲーター 﨑野隆一郎
さきの・りゅういちろう 1957(昭和32)年、鹿児島県生まれ。モビリティリゾートもてぎ内「ハローウッズ」森のプロデューサー。1981年、大雪山国立公園内の然別湖畔に移住、冬季湖上に氷上露天風呂、アイスバー、氷上ミュージアム等を設計建設。然別湖コタン運営企画に携わる。2002年夏より森の中で30泊31日を過ごす「夏のガキ大将の森キャンプ」を実施。自然案内のプログラムリーダーとして活動。 夏のガキ大将の森キャンプ詳細はコチラ

撮影/沼尾翔平 取材・文/小嶋美樹

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