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終戦の日、庭先で「お水ある?」と尋ねて消えた少年 → 祖母の古いアルバムで知った『切ない真実』

  • 2026.8.25

これは、友人の舞奈さん(仮名)から聞いた話です。祖母をしのぶために帰省した終戦の日、舞奈さんの前に見知らぬ少年が現れました。暑い夕暮れに起きた、今も説明できない少し切ない出来事をご紹介します。

庭先に立っていた少年

毎年8月15日になると、私は一人で実家へ帰ります。祖母の命日が近いため、仏壇に手を合わせるのが習慣でした。その年も夕方に線香をあげていると、庭から子どもの笑い声が聞こえました。

不思議に思って外へ出ると、白い半袖と半ズボン姿の少年が立っています。「おばちゃん、お水ある?」10歳くらいでしょうか。遠慮がちな声でした。

防空壕の前で消えた姿

厳しい暑さの日だったので、私は冷たい水をコップに入れて渡しました。少年は一気に飲み干すと、「ありがとう」と笑い、裏山へ歩いていきました。私はなぜか気になり、少し遅れて追いかけたのです。

しかし、少年が向かった先にあったのは、草に覆われた古い防空壕跡だけ。周囲を捜しても姿はありません。近所の人にも尋ねましたが、「今日は子どもなんて見ていないよ」と首をかしげられました。

古い写真が伝えた真実

その夜、祖母の遺品を整理していると、古いアルバムから1枚の写真が落ちました。写っていたのは、昼間に会った少年によく似た男の子でした。裏には「昭和20年夏、疎開先で亡くなった従兄」とあります。

さらに祖母の日記を開くと、「あの子は最後まで水を欲しがっていた。何もしてあげられなかったことが心残り」と書かれていました。昼間の出来事と重なり、全身に鳥肌が立ちました。

終戦の日に供える1杯の水

翌年から私は、仏壇だけでなく庭にも冷たい水を供えています。あの少年が再び現れることはありませんでした。ただ、水を置いたあと、どこからともなく「ありがとう」と聞こえた気がする年があります。そのたびに、祖母の長年の心残りが少しだけ癒やされたように思えるのです。

本当にあの日の少年が誰だったのかは分かりません。それでも終戦の日には、戦争で命を落とした人たちへ静かに手を合わせ、水を供えることが我が家の大切な習慣になっています。

【体験者:40代・主婦、回答時期:2026年8月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。

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