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飲み会は強制参加。上司の「無礼講だから」という名の説教に耐えた20年後、意外な伏線回収が

  • 2026.8.6

誰にでも「どうしてこんなことをしなければならないのだろう」と思った経験はあるはずです。しかし、その時は苦痛でも、後になってから思わぬ形で役に立つこともあるかもしれません。今回は、筆者の友人の体験談をお届けします。

画像: 飲み会は強制参加。上司の「無礼講だから」という名の説教に耐えた20年後、意外な伏線回収が

「無礼講」という名の独壇場

20代で会社員だった頃、職場では毎週のように飲み会が開かれていました。
当時は事実上の強制参加で、欠席しづらい空気があったものです。

乾杯が終わると、上司が決まって口にするのが、「今日は無礼講だから!」という言葉。
普通なら「無礼講」と聞けば、肩の力を抜いて楽しめる場面を想像しますが、そのときの私たちにとっては全くの別物でした。

なぜなら、それが上司による長い説教タイムの開幕宣言だと知っていたからです。
グラスが掲げられるたび、ホッとするどころか「さぁ、今夜もまた始まるぞ……」と身構えていました。

磨かれていった力

そこから始まる説教の内容は、仕事のミスにとどまりません。
やがては私生活についてのダメ出し、服装、恋愛観、休日の過ごし方にまで話題が広がります。

もちろん反論などできません。
何を言われても、真摯な姿勢で聞き続けるしかないのです。

そこで私が磨き上げたのが、聞き流す力と相槌でした。

「なるほど!」
「勉強になります」
「そういう考え方もありますね」

場の空気を悪くせず、相手に満足してもらいながらやり過ごすことだけに集中していた結果、人の感情的な言葉に振り回されにくくなっていったのです。

思わぬ効果を実感

その後、私は結婚して会社を辞め、主婦になりました。
子育てをしながらPTAの役員になったり、地域活動にも関わったりしています。

先日、PTAの会議で感情的になった保護者から厳しい言葉を向けられました。
ほとんどの役員がオロオロする中、私は不思議と動揺しませんでした。

相手の言葉を真正面から受け止めず、一歩引いて聞く癖が自然と身についていたのでしょう。
「あの頃の上司よりはマシだな」と思うと、肩の力が抜けたのです。

“感情をオフにして右から左へ受け流す”

あの頃の私が身につけた「聞き流しの極意」と、会話を穏やかに収束させる「相槌」は、20年近く経った今、自分の心を守る防具になっています。

体験者の声

もちろん、あの飲み会文化が良かったとは思いません。
当時は本当に苦痛でしたし、できることなら参加したくありませんでした。

でもあの場で、理不尽な相手との距離の取り方や、感情を真正面から受け止めすぎない方法を学んだのも事実です。

あの頃はただ耐えているだけだと思っていましたが、振り返ると意外なところで今の自分を助けてくれていました。
人生には、後になって意味が見えてくる経験もあるのかもしれませんね。

【体験者:40代・女性主婦、回答時期:2026年6月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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