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【黒柳徹子】作家「佐藤愛子」女性が強く逞しくいきるために大切なこと

  • 2026.7.4
黒柳徹子さん
©Kazuyoshi Shimomura

私が出会った美しい人

【第50回】作家 佐藤愛子さん

佐藤愛子さんがお亡くなりになりました。この間、「徹子の部屋」でも追悼番組を放送しましたが、最初にご出演いただいたのが1976年4月。番組が始まって間もない時期のことです。そのときのお話が面白くて面白くて。私はずーっと笑いっぱなしでした。波乱万丈の人生を送っていらっしゃるので、それまでの人生についてもじっくり伺うつもりが、佐藤愛子さんのご自宅だとわかって押し入った強盗に、直接「佐藤愛子か?」と聞かれて、「佐藤愛子だ、それがどうした!」と叱咤して追い出した話やら、お嬢様の試験会場についていって、試験の始まる直前まで、「おしっこ、大丈夫?」とか「へそに手を当てて力を入れればいい」とか励まして、お嬢様に「うるさい! 出ていけ!」と怒鳴られた話やら、いろんなエピソードを聞いているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまって。番組の最後、思わず「今度また出ていただいて、どうしたらそんなふうに女の人が強く生きていかれるのか、教えていただきたいと思うんですけれど、よろしいですか?」と言ってしまったほどです。

私自身、「徹子の部屋」の前身である「13時ショー」の司会をやることになる前に、ニューヨークに留学していて、そこで何度となく、「女がひとりで生きていくのは大変!」と思い知らされた出来事がありました。その時点で2度結婚されて、お子さんもいらっしゃった佐藤愛子さんは、「ひとりで生きている」というのとは少し違ったかもしれませんが、2番目の旦那さまの借金返済のために奔走して、その経験をまとめた小説が直木賞を受賞したり、ワイドショーに出演すれば、歯に衣着せぬ発言で会場を沸かせたりと、ものすごく強くてたくましい方だという印象があったのです。

実際そのときも、作家になった理由を、「最初の結婚がうまくいかなかったから、男にたよらないで生きていきたいと思ったんです。たよりたくないと思うと、何かやっぱりやらなきゃならない、それで文学の道を選んだんです。父も兄もそういう仕事をしていましたから、簡単にこういうことで食べていけるというふうに思えたということですね」と説明してくださいました。てっきり2〜3年で収入を得られると高を括っていたら、10年も売れないままだったというから意外! なぜ10年も諦めずにいられたのか。「それは強かったからではないですか?」と私が言うと、「読むに耐えない小説を、傑作だと思い込んでいた。自惚れ屋で、向こうみずだったんです」とおっしゃっていました。

ちなみにお父様は、戦前に劇作家・大衆小説家として活躍された佐藤紅緑さん、「ちいさい秋みつけた」などで有名な詩人のサトウハチローさんは異母兄に当たります。サトウハチローさんの詩は、私も昔から大好きだったので、「大人になってもあんなに子供みたいな詩がお書きになれる方って、本当に少ないと思うので、(亡くなったことが)惜しくてたまらない」と申しましたら、愛子さんは、「60〜70になってああいう詩が湧いてくるって言うのは、やっぱり奇人ですね。やっぱり特殊な人間で。ですから、ああいう子供のような感性の裏にはまた、ものすごい、大人の頭じゃ考えられないエゴイズム、わがままがあって、詩を詠んでいる分にはよろしいんですけれども(笑)、周りの人間は非常に困る」と。それを聞いて私は、「じゃ、もしかしたら佐藤愛子さんもそうなので、お嬢様もそんなふうに思っているんじゃないかしら」なんて、ちょっと失礼かもしれない発言をしているんですが、笑いながら聞いてくださいました。のちに愛子さんは、今の時代には到底想像できないような破天荒な生き方を貫く佐藤家の親族のことを『血脈』という小説に著しています。

どこまでが事実で、どこからが創作なのか。愛子さんの小説もエッセイも、その境目がわからない面白さがあります。ご本人によれば「いとも真面目に生活しているつもりですけれども、あたくしの周りには、喜劇的につくり替える……たとえば遠藤周作さんとかね。彼らの口にかかると喜劇的になってしまう」のだそうです。確かに、どの時代であっても、女性が強く逞しく生きるためには、悲劇的に思えることでも、「喜劇的につくり替える」ことが大切なのかもしれません。生きていれば誰しも、必ずつらいことは起こります。そんな中でも、笑うことは明日の活力につながります。佐藤愛子さんのエッセイにある「憤怒」は、日常を喜劇的につくり替えるヒントに溢れていて、いつ読んでも笑ってしまうのです。

佐藤愛子さん

作家

佐藤愛子さん

1923年大阪府生まれ。小説家・佐藤紅緑と女優・三笠万里子の次女として出生。異母兄に詩人・サトウハチローと脚本家・劇作家の大垣肇がいる。甲南高等女学校卒業。1969年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞、79年『幸福の絵』で第18回女流文学賞、2000年『血脈』の完成により、第48回菊池寛賞、15年『晩鐘』で第25回紫式部文学賞を受賞。エッセイの名手としても知られ、ミリオンセラーとなった『九十歳。何がめでたい』は草笛光子主演で映画化された。2026年4月29日老衰のため逝去(享年102)。

─ 今月の審美言 ─

いとも真面目に生活しているつもりですけれども、遠藤周作さんらの口にかかると、喜劇的になってしまう

取材・文/菊地陽子 写真提供/時事通信フォト

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