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W杯での日本代表躍進に『驚きなし』…元日本代表監督トルシエ氏への独占インタビュー 「サッカーで大切なのは本能ではない」

  • 2026.6.23

『Flashscore.com』が行った、元日本代表監督フィリップ・トルシエ氏への独占インタビューをお届けする。

元インタビュー掲載日:2026年6月19日、筆者:Anna Carreau/アンナ・カロー(Flashscore)

スイス相手に互角の戦いを演じたカタール、ウルグアイを揺さぶったサウジアラビア、そしてオランダと引き分けた日本。2026年ワールドカップは、AFC(アジアサッカー連盟)勢の見事な健闘が際立つ幕開けとなった。

こうした戦いぶりは欧州の視点から見れば驚きかもしれない。しかし、日本、カタール、ベトナムなどで指揮を執ってきたフィリップ・トルシエ氏にとって、これらのパフォーマンスは決して偶然ではなく、サッカーのグローバル化と集団としての戦術規律がもたらした必然だという。

71歳のフランス人指揮官トルシエ氏は、現在、日本メディアのアナリストとして2026年W杯を熱心に追っている。日本ではまさに“スター”的存在であり、直近ではベトナム代表も率いていた。本人は自らを何より「世界を渡り歩く監督(globe-trotting coach)」と表現するが、その華々しい経歴を見ればその肩書は十分にふさわしい。今夏、北米で戦う5つの国――コートジボワール、南アフリカ、モロッコ、日本、カタール――と深く結びついているのだ。

しかし、元FCルーアンおよびスタッド・ランスの選手だった彼を、代表監督としての役割だけで語るのは、4大陸にまたがる豊かなクラブ監督歴を見落とすことになる。フランス国内(レッドスター、クレテイユ、そして2004-2005年のオリンピック・マルセイユでの注目すべき指揮など)で経験を積み、その後は国外に出ることで自らの伝説を築き上げていった。

90年代初頭に驚異的な無敗記録を打ち立て、「白い魔術師」の異名を得たコートジボワールの名門ASECミモザをはじめ、南アフリカのカイザー・チーフス、モロッコのFUSラバト、チュニジアのCSスファクシアン、さらには中国リーグ(深圳ルビー、杭州グリーンタウン、重慶両江)での経験まで、トルシエ氏はグローバルなクラブサッカーの世界を知り尽くしている。

2002年には、共催国である日本を率いて同国史上初のW杯ベスト16進出を達成し、歴史を作った。初の48チーム制となる今大会を機に、同氏がアジア勢の躍進とその背景について独自の分析を語った。

画像1: (C)Getty Images

欧州から見れば驚きにも映るアジア勢の健闘

――欧州の視点からすると、カタールがスイスと互角に戦ったり、サウジアラビアがウルグアイを苦しめたりするのは驚きに映ります。アジア連盟所属国のうち、これまで9試合を戦って敗れたのはイラク、ヨルダン、ウズベキスタンだけです。これをどう見ていますか。

「ワールドカップの初戦というのは、常に少し誤解を招きやすいものです。慎重に見なければいけません。4年前、サウジアラビアがアルゼンチンに勝ったことを思い出してください。それでもサウジアラビアは1次リーグで敗退し、アルゼンチンは世界王者になりました。つまり、たった1試合で多くの結論を出すことはできないのです。

どのチームも様子をうかがう立場にありますし、初戦に勝ったからといって突破が保証されるわけではないことは証明されています。また、この初戦では誰もが肉体的にも精神的にもピークの状態にあります。一般的に格下と見なされるチームほど、この最初の試合をより戦術的かつ守備的に組織して臨みます。リスクは冒さず、まずは負けないことが狙いです。いわゆる格下のチームにとって、初戦ではそれが普通の力学です。しかし、2試合目、3試合目になると、勝点の必要性がすべてを変えます。そして、そうしたチームが経験豊富な相手と同じだけのリソースを持っているとは限りません。

とはいえ、アジアのチームが好成績を残しているのは、多くの選手が欧州でプレーし、トップレベルの競争に求められる厳しさに慣れているからでもあります。イングランド、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツなど、たとえ2部リーグであっても、高度な技術プログラムの中に身を置いています。だからこそ、彼らはもはや私たちがかつて思い描いていたような意味での『アジアの選手』ではないのです。例外を挙げるなら、依然として多くの選手が国内リーグでプレーしているサウジアラビアくらいでしょう。

また、アジアのリーグ、とりわけサウジアラビアのレベルが非常に高くなっている点も特筆すべきです。質の高い外国人選手が全体の水準を引き上げています。こうした要素がひとつのエコシステム(生態系)を生み出し、アジアの選手たちは数年前のように『親しみやすいが無名』という存在ではなくなりました。そこに加えて、外国人監督たちがチームを率い、戦術的経験やゲームプラン、補完的な戦術文化をもたらしている。私の見方では、それがこのワールドカップ初戦の結果を説明しています」

48チーム制は各国の発展を促す

――これは各国リーグ、あるいはより広く言えば、それぞれの国のサッカー全体の進歩を示しているとも言えるのでしょうか。

「オーストラリア、韓国、日本、サウジアラビアを見れば、いずれも質の高いリーグを持っています。おそらくイラクやヨルダンのように国内リーグの発展がやや遅れている国もあり、それが初戦敗戦の理由の一つでしょう。イランについては、全選手が国外、特にカタールでプレーしています。カタールのリーグもまた、多くの外国人選手や監督の存在によって非常に質の高いものになっています。

これは、48チーム制への拡大を説明する一因でもあります。より小さな国々に『いつかワールドカップに出られるかもしれない』というモチベーションを与えるための手段なのです。さらに出場国を増やすことすら想像できるかもしれません。

誰もが出場チーム数を批判しますが、今回の48チーム制W杯の序盤を見れば、どのチームも一方的に圧倒されているわけではないことが分かります。ドイツが7-1で勝った試合は例外かもしれませんが、それ以外はどれも接戦です。ですから、48チーム制に反対する論拠にはなりません。むしろ、すべての国に組織化を促し、リーグやインフラ、指導者や選手の育成への投資を後押しするのです。ワールドカップ出場を夢見られるというだけで、国を成長させる原動力が生まれます」

日本には確かなプレースタイルがある

――先ほど、多くの選手が欧州リーグでプレーしているため、必ずしも“アジア的”なスタイルではないと話していました。それでも、これらの国々に固有のプレーアイデンティティは存在するとお考えですか。たとえば日本には独自のスタイルがあるように見えます。

「イエスであり、ノーでもあります。日本をよく知る立場から言えば、彼らのプレーアイデンティティは、ポゼッション(ボール保持)、集団としての規律、高い技術力、そして強固な戦術文化にあります。もちろん、これはほとんどの選手が欧州でプレーしていることと結びついています。国内でプレーしている代表選手は少なく、ほぼ全員が欧州組です。つまり、技術的に優れた選手たちであり、彼らが代表に戻れば、すでに確立されたアイデンティティと文化に再び接続するのです。

たとえば日本は、フィジカルの面でスウェーデンやオランダを上回ることはありません。しかし、ボールを保持し、相手を走らせ、疲れさせ、非常に速い技術的実行でプレーすることで、肉弾戦を避ける術を知っています。それだけで強固な守備を崩すのに十分なことも多いのです。

このアイデンティティは確実に存在します。1998年から2002年まで彼らの監督を務めていたのでよく分かりますし、当時からそれは強豪国に対抗するための私たちの武器でした。日本には、運動能力やフィジカルのぶつかり合いを前面に出す文化はありません。彼らの文化は、ボールコントロール、試合のリズム、加速、そして意外性を生み出せる選手たちに重きを置くものです。これらすべてが一つのバランスを形づくり、監督は指揮者のようにそれを統率しなければなりません。

ただ、今日ではW杯に出場している選手の大半が、国籍を問わず欧州でプレーしています。ですから、プレーアイデンティティはますます監督の哲学に結びつくようになっています。仮にモウリーニョが日本を率いたら、あるいはグアルディオラやルイス・エンリケが率いたら、プレースタイルは監督によって変わるでしょう。ある意味で、チームのプレーアイデンティティを作るのは監督なのです」

画像2: (C)Getty Images

日本の結果に驚きはない

――アジアサッカーへの深い知識をお持ちですが、W杯でのこれらの国々の結果に驚きはありますか。

「いいえ、驚いていません。少なくとも日本についてはそうです。なぜなら、今起きていることだけでなく、何年にもわたって起きてきたことを見なければならないからです。

日本はこれまで、ドイツでドイツに4-1で勝ち、ブラジルに3-2で勝ち、ウェンブリーでイングランドに勝ち、スコットランドにも勝っています。そして2022年のW杯ではスペインとドイツを破りました。もちろん、1試合では何が起きてもおかしくないことは分かっています。しかしW杯は時間をかけて戦う大会ですから、大会全体を通じたアジア勢のパフォーマンスを見る必要があります。

驚かない理由は、サッカーが個人技、フィジカル、アスレティック能力、戦術のすべてにおいて大きく進化しているからです。いまや若い選手たちは、情熱を持ち、上達するための膨大な情報にアクセスできます。どこでも見つけられるような小さな練習メニューを通じて成長できる。私たちは今、こうした選手育成の文化の中にいます。

もう一つの利点もあります。アジア社会は厳格で規律があり、個は集団に奉仕します。私は特に日本人や韓国人のことを思い浮かべています。利己的な意味で、自分のためだけにプレーすることはありません。成功は相互作用から生まれ、チームメイトとの相乗効果から生まれ、自分自身とパートナーへの信頼から生まれます。これらはアジア社会に深く根付いているものです。

日本や韓国に行けば、とても規律のある国だと分かるでしょう。個人として目立とうとする人は長くは続きません。誰かが突出すると、すぐに全体の中へ戻されます。全員が同じレベルにいて、全員がまとまらなければならない。これは利点です。なぜなら、サッカーの80%は集団に関わるものだからです。

一方で、十分なリスクを取らない、あるいは個人の主体性が足りないと批判することもできるでしょう。たとえば日本では、2回ミスをすればすぐに重圧を感じます。彼らは失敗を成功の対極にあるものと捉えますが、欧州では失敗は成功への道の一部だと考える傾向があります。ミスをして、その理由を理解しようとし、修正し、その修正を通じて新しい知識を得る。そうして翌日にはより強くなれるのです。

欧州では学びは失敗と結びついていますが、日本では失敗はほとんど禁じられています。なぜなら、物事は『正しいやり方』で行うよう教えられるからです。問題は、サッカーには本当の意味での“正しいやり方”など存在しないということです。ゴールにつながるなら、どんなプレーも許されます。

しかし、日本文化特有のこの『正しいプレー』を探求する姿勢が、パス、コントロール、シュート、クロスを非常に高い精度で実行する規律ある選手を生み出しています。そこに、規律、傾聴、監督への敬意が加わることで、アジアサッカーの質と、チームメイトと相乗効果の中でプレーしようとする意志が保たれているのです。

私はアフリカでも指導してきましたが、あちらでは規律はむしろ弱点であり、選手たちはより奔放です。だから私は、彼らにはもっと規律を持つように求め続けていました。一方、日本では逆に『もっと規律に縛られすぎるな!』と求めるのです。日本では、もっとボールを持て、あまりに早く手放すなと言いますが、アフリカでは手放すように言います。これは全く異なる二つの文化であり、バランスを見つける必要があります。

つまり、規律と戦術的構造を持ちながらも、個人で仕掛けたい選手が安全にそれを実行できる構造を持つことです。自分のやろうとしていることを味方が理解していて、自分を守ってくれる構造の中にいれば、人は安心してプレーできます。大切なのは本能ではありません。個人プレーであっても、集団によって理解され、受け入れられなければならないのです。そして、それこそがアジア全体で起きていることなのです」

アジアとアフリカに共通する誇り

――少なくとも第1戦を終えた段階で、このレベルに到達したことにアジア諸国にはある種の誇りが生まれていると感じますか。W杯が48カ国制に拡大された時には多くの批判がありましたが、アジア勢はしっかり応えています。

「ええ。繰り返しますが、どの試合も接戦ですし、それはアジアのチームに限ったことではありません。他の例を挙げることもできます。昨日は、予想外なことにポルトガルがコンゴ民主共和国と引き分けました。カーボベルデもスペインと引き分けました。私たちはアジア勢のことをよく話題にしますが、アフリカ勢についても同じように語れるはずです。彼らの選手たちもまた欧州でプレーしているわけですから、同じような力学が働いています。

ですから、確かに誇りはあります。なぜなら、W杯や代表チームについて語るということは、国旗であり、国家を語ることだからです。その偉業は国全体のものになります。それが選手や監督に本物の誇りを生み出すのです。昨日のコンゴの監督や選手たちの誇り、スペイン戦後のカーボベルデの選手たちの誇り、トルコ戦勝利後のオーストラリアの誇り、あるいはオランダと引き分けた後の日本の人々――チームだけでなく人々のことも考えるべきです――の誇りを、私は想像できます。

このW杯は、テレビで見ていて本当に素晴らしい大会です。どのファンも自国のユニフォーム、自国の色を身にまとい、皆が混ざり合っている。まさに国々のるつぼ(メルティングポット)です。魔法のような世界的なイベントですよ。現在アメリカとの戦争によって危機の中にあるイランでさえ、その国旗がスタンドではためいている。しかもアメリカ国内で、です。こうした瞬間は、スポーツ全般、とりわけサッカー、そして何よりW杯だけが私たちに提供できる魔法なのです」

若者たちがサッカーを始める動機にもなるのか

――ユースチームの指導経験もお持ちですが、こうした活躍は、その国でサッカーが必ずしもナンバーワンのスポーツではない場合でも、若者たちがサッカーを始める動機になると感じますか。

「ほとんどの国で、すでにサッカーはナンバーワンのスポーツだと言っていいと思います。たとえば日本です。テレビの視聴率を見れば野球がトップスポーツだとよく思われますし、それは事実でしょう。しかし、街の空気に耳を傾ければ、サッカーこそ間違いなくナンバーワンです。代表チームの偉業は、社会に影響を与え、とりわけ若者たちがサッカーに登録したいという意欲に影響を与えることは明らかです。たいていはそういうものです。

チームがW杯に参加すれば、若者の間にすぐさま参加したいという欲求が生まれます。そして大会そのものにとどまらず、ドイツ、スペイン、フランス、あるいはイングランドでアジアの選手たちがプレーする姿を見ることも、非常に大きなインスピレーションの源です。これらの選手たちは、若者たちにとって本物の親善大使なのです」

画像3: (C)Getty Images

日本での盛り上がりについて

――最後の質問です。日本でオランダ戦をどのように体験しましたか。街中にスクリーンはありましたか。どのような雰囲気でしたか。

「いいえ、欧州で見られるような街頭での祝祭的な盛り上がりはありません。ただ、テレビのあるすべてのバーでは、本当に熱気があります。

W杯というのは、世界中どこでも社会的に共有されるものだと思います。たとえこちらでは試合が午前4時だったとしても、皆が起きていますし、何より日本のバーではお祭り騒ぎになるのです。日本対オランダのような試合になれば、同じバーの中に日本とオランダのファンが一緒にいることさえあり、それが試合の中のちょっとした試合のような空間を作ります。今度はビールを飲みながら、ですけどね!

私にとってもっと理にかなった時間帯に放送される試合もあります。たとえば日本対チュニジア戦は、ここでは午後1時になりますから、それは助かりますよ。ちょうど1日の真ん中ですからね」

画像提供:Getty Images

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