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大人の友情を破壊する2つの「偏り」とは

  • 2026.6.8
友情を破壊する「偏り」とは / Credit:Canva

大人になると、友情は学生時代のように毎日顔を合わせることで自然に保たれるものではなくなります。

仕事や家庭、住む場所の変化がある中で関係を続けるには、誰かが連絡し、予定を合わせ、相手の事情を受け止める必要があります。

しかし、その役割がいつも同じ人に偏っていると、友情は少しずつ「片方だけが支える関係」へと変わっていきます。

米心理学者マーク・トラヴァース博士は、こうした大人の友情を静かに壊す要因として「非相互性」に注目しています。

目次

  • 友情は50対50でなくてもいい、でも「いつも自分だけ」は危険
  • 「境界線」が片方だけのルールになると、友情は苦しくなる

友情は50対50でなくてもいい、でも「いつも自分だけ」は危険

友人関係は、常に完全な50対50で成り立つものではありません。

誰かが失恋したとき、仕事で追い込まれているとき、家族の問題を抱えているときには、もう一方が多く支えることもあります。

本来の友情とは、長い時間の中で支える側と支えられる側が入れ替わる関係です。

ところが、その役割がいつも同じ人に固定されると、友情は少しずつ歪んでいきます。

トラヴァース博士が、大人の友情を壊す中心的な習慣として挙げているのが「非相互性」です。

これは簡単に言えば、片方だけが連絡し、話を聞き、予定を合わせ、感情的な負担を引き受け続ける状態です。

厄介なのは、この関係が一見すると「普通の友情」に見えることです。

相手から連絡がまったく来ないなら、関係の冷え込みには気づきやすいでしょう。

しかし、相手が連絡してくる場合でも、その目的がいつも「自分の話を聞いてほしい」「相談に乗ってほしい」「つらいから支えてほしい」ばかりなら、関係は一方通行になっています。

たとえば、友人がひどい一日を過ごしたとき、あなたは1時間かけて電話で話を聞くとします。

ところが数週間後、今度はあなたが悩みを抱えて連絡すると、相手は短く慰めただけで、すぐに自分の話へ戻してしまう。

会話は存在しています。

けれども、その会話はいつも相手の気持ちを軽くするために使われ、あなたの気持ちは置き去りにされています。

相手は話して楽になる一方で、自分には負担が残っていくような状態です。

この問題を考えるうえで参考になるのが、2007年の研究です。

この研究は、友情における相互性を分析し、互いに友人だと認識している相互的な友情を持つ若者ほど、学校への所属感が高く、友情の相互性と所属感は学業成績にも独立して関連していました。

この研究は青年期の学校生活を対象にしたもので、大人の友情を直接調べたものではありません。

それでも、「友達が多いか」や「よく連絡を取っているか」だけでなく、その友情が互いに支え合うものになっているかが重要だという点は、大人の友情を考えるうえでも参考になります。

もし友人と話した後にいつもぐったりしたり、連絡が来るたびに少し身構えたりするなら、心より先に体が「この関係は負担が大きい」と気づいているのかもしれません。

「境界線」が片方だけのルールになると、友情は苦しくなる

非相互性が現れるもう一つの形が、相手の境界線ばかりが優先される関係です。

近年、「境界線を引くこと」は、心を守るための大切な行動としてよく語られます。

「疲れているときに無理をしない」「一人になる時間を確保する」「気乗りしない誘いを断る」などの行動は、本来とても健全なものです。

トラヴァース氏は、境界線という言葉が使われているからといって、その関係が必ず安全で対等だとは限らないと指摘しています。

問題は、境界線が双方向ではなく、一方向にだけ働く場合です。

たとえば、友人が「ストレスがあるときは一人になりたい」と言ったとします。

あなたは相手を尊重し、無理に連絡を取らず、準備ができるまで待ちます。

ところが後日、あなたが忙しさや疲れから少し連絡を控えると、相手は「避けられた」「冷たくされた」と受け取ってしまいます。

この場合、相手の「距離を置きたい」は尊重されるのに、あなたの「今は余裕がない」は尊重されていません。

また、相手が「自分の時間を大切にしたい」と言って誘いを断るのは許されるのに、相手が助けを求めるときには、あなたがすぐ応じることを当然のように期待される場合もあります。

ここで問題なのは、相手が境界線を持っていることではありません。

問題は、その境界線が相手の都合だけを守り、こちらの都合や限界を守る仕組みにはなっていないことです。

本来、境界線はお互いを守るためのものです。

「今は話せない」「今日は会えない」と言う自由は、どちらか一方だけでなく、双方に認められる必要があります。

しかし、片方の限界だけが絶対的なものとして扱われ、もう片方の限界は「気にしすぎ」「冷たい」と押し返されると、境界線は対等なルールではなくなります。

この点に関連する概念として、2008年の研究では「boundary dissolution(境界線の曖昧化・崩れ)」という考え方が整理されています。

この論文では、境界線の曖昧化を「個人同士の心理的な独立性が失われたり、人間関係における役割の区別が混乱したりする状態」と説明しています。

そして、個人間の適切な境界線が崩れることは、関係の中で感情的な傷つきを生むリスクを高めると指摘しています。

確かに「人と人とのあいだには適切な区切りが必要だ」という視点は、大人の友情を考えるうえでも参考になります。

大人の友情を破壊する2つの要素を考えてきました。

大人の友情が難しいのは、多くの場合、相手が明確に悪意を持っているわけではないからです。

相手は本当に忙しいのかもしれません。

本当に余裕がないのかもしれません。

だからこそ、こちらも相手を理解しようとします。

しかし、どれほど相手に事情があっても、配慮や支援がいつも一方向に流れ、境界線が乱れているなら、その友情は少しずつ疲れるものになります。

大切なのは、支える側と支えられる側が固定されず、お互いの限界が尊重されることです。

参考文献

The Number-One Habit That Destroys Adult Friendships
https://www.psychologytoday.com/us/blog/social-instincts/202605/the-number-one-habit-that-destroys-adult-friendships

元論文

Do you like me as much as I like you? Friendship reciprocity and its effects on school outcomes among adolescents
https://doi.org/10.1016/j.ssresearch.2006.11.002

Revisiting the Construct of Boundary Dissolution
https://doi.org/10.1300/J135v05n02_02

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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