1. トップ
  2. スポーツ
  3. “ただのバイク好き”が世界王者になった|MotoGPライダー ジョアン・ミルという強さ

“ただのバイク好き”が世界王者になった|MotoGPライダー ジョアン・ミルという強さ

  • 2026.5.30

日本GPのために来日したジョアン・ミルは、連日、多数のイベントに追われた。世界最高峰クラスのレーシングライダーは、なかなかに忙しい。その状況を楽しみながらも、「1番楽しいのは、バイクに乗ること」とミルは笑う。曲げない。揺らがない。人としての剛性の高さが、最高峰という称号の証だ。

PHOTO/S.MAYUMI, Honda

TEXT/G.TAKAHASHI

※この記事は『RIDERS CLUB 2025年2月号(No.620)』に掲載された内容を再構成・リライトしたものです。

MotoGPという巨大な舞台で、自分を失わない強さ

その日の新宿・歌舞伎町は、普段とはまるで違う空気に包まれていた。

シネシティ広場には赤絨毯敷きのステージが組み上げられ、照明用のやぐらが立ち並ぶ。フェンスで区切られた会場では、スタッフたちが動線確認を繰り返し、巨大イベントの準備を進めていた。

やがて、ホンダRC213VとヤマハYZR-M1が運び込まれる。

MotoGPマシンは、本来なら歌舞伎町の景色の中で異物になってもおかしくない。しかし実際には、市販スーパースポーツやスクーターが行き交う街並みに、不思議なほど自然に溶け込んでいた。

9月24日、水曜日。

MotoGP日本GPのプレイベント「MotoGP in TOKYO」が始まろうとしていた。会場の至るところに配置されたMotoGPロゴが、新宿の街へ“サーキットの空気”を運び込んでいく。このイベントでは、MotoGPライダーによるトークショーをはじめ、さまざまなプログラムが予定されていた。夕方開始にもかかわらず、早朝5時半から並ぶ熱心なファンもいたほどだ。

朝10時。イベント会場近くのホテルロビーに、Honda HRC Castrolのジョアン・ミルとルカ・マリーニ、Castrol Honda LCRのヨハン・ザルコが姿を現した。この日の午前中、彼らはホンダのプロモーション企画として新宿の街を散策することになっていた。マイクロバスへ乗り込むと、車内には英語、スペイン語、イタリア語、日本語が飛び交う。まるでMotoGPパドックそのものだ。

最初に訪れたのは花園神社。

朝の境内は静かで、参拝客も少ない。大都会・新宿の真ん中とは思えないほど穏やかな時間が流れていた。MotoGPライダーたちも神妙な表情で参拝し、野点を楽しむ。

その後、一行は徒歩で次の目的地へ向かった。スーツ姿のビジネスパーソンたちが駅へ急ぐ横を、派手なチームシャツ姿のヨーロピアンライダーたちがゆっくり歩いていく。その光景はどこか不思議だった。

途中、中国系のレースファンがザルコへ「鈴鹿8耐優勝おめでとう!」と声を掛け、写真撮影を求める場面もあった。続いて訪れた巨大ゲームセンター「NAMCO TOKYO」では、ライダーたちがレースゲームやクレーンゲームを楽しむ。特にテンションが上がっていたのはマリーニだった。

「ワンピース、大好きなんだ! イタリアでも人気だよ」

そう笑いながら、グッズコーナーへ駆け寄っていく。

昼食を終えると、ホンダ側の午前プログラムは終了。マリーニとザルコは、MotoGP日本GPが開催されるモビリティリゾートもてぎへ向かった。

しかしミルだけは、そのまま新宿へ残る。

夕方から始まる「MotoGP in TOKYO」へ参加するためだ。夕方になると、歌舞伎町にはさらに多くのファンが集まり始めた。

午後4時15分、「MotoGP in TOKYO」がスタート。

元グランプリライダー・中野真矢や、MotoGPを運営するドルナ社CEOカルメロ・エスペレータによるトークなど、多彩なプログラムが進行していく。

そして午後6時過ぎ。

会場が立錐の余地もないほど埋め尽くされた頃、MotoGPライダーたちがステージへ登場した。スポットライトを浴び、笑顔で手を振るライダーたち。歓声が飛び交い、会場は熱狂に包まれる。

翌25日、ミルはもてぎ入りした。

木曜日のMotoGPは走行セッションがない。だが実際には、イベント出演やメディアスクラムと呼ばれる囲み取材が続き、ライダーたちは極めて多忙だ。

かつてMotoGPライダーは、「走ること」が仕事の大半だった。

しかし今は違う。

SNS、イベント、映像、プロモーション──。MotoGPは世界最高峰のモータースポーツであると同時に、“世界的エンターテインメント”へ進化している。2001年、500cc時代最後の世界グランプリは年間16戦、総観客数は約158万人だった。対して現在のMotoGPは年間20戦。スプリントを含めれば40レース近くを開催し、年間観客数は300万人を超える。

2024年フランスGPでは、MotoGP史上最多となる29万7471人がル・マンへ集結した。テレビやSNS、配信視聴者を含めれば、その規模はさらに膨れ上がる。MotoGPは、完全に“世界規模のショー”になったのだ。そんな巨大な舞台の中心にいながら、ジョアン・ミルは驚くほど静かだった。

スペイン・マヨルカ島出身の28歳。

世界王者でありながら、その表情にはどこか冷静さが漂っている。

「確かに、僕は有名なんだと思う。MotoGPライダーになれば、世界中の人に見られる。それは間違いなく人生を変えるよ。MotoGPはもっと大きくなるし、もっと世間に知られていくと思う。でも、僕自身は“名声”を求めるタイプじゃないんだ」

イベントではムービースターのように振る舞う。笑顔で手を振り、レッドカーペットを歩き、観客を沸かせる。それでも彼は、自分をスターだとは思っていない。

「僕は、ただのバイク好きなんだよ(笑)」

「でも、そんな“ただのバイク好き”が、人を集めたり、感動させたりできるって、すごく素敵なことだと思う。MotoGPには、それだけの魅力があるんだ」

2020年、ミルはスズキでMotoGP世界王者となった。

現在はホンダのファクトリーライダーとして戦っている。

日本への思いも特別だ。

「モト3の1年を除けば、僕のグランプリ人生はずっと日本メーカーと一緒なんだ。日本の文化も、人も大好きだよ」

──スペインでは英雄なのでは?

そう尋ねると、ミルは少し複雑そうに笑った。

「いや、むしろ日本やインドネシア、タイの方が僕を喜んでくれている気がする。スペインには速いライダーが多すぎるんだ(笑)」

だが、そのことを気にしている様子はまったくない。

「僕は有名になるためにレースをしてるわけじゃない。ただ、レースが好きだから走ってるんだ」

その言葉に迷いはなかった。

「子供の頃から、バイクを見るだけでワクワクしていたらしい。誰かに強制されたわけじゃない。生まれた時から、自然にバイクが好きだったんだと思う」

「今でも、乗るたびに幸せを感じる。しかも戦っているのは世界最高峰のMotoGPだ。楽しくないはずがないよ」

日本GPで、ミルはHondaファクトリーチームへ2年ぶりの表彰台をもたらした。MotoGPという巨大な舞台に立ちながら、その熱狂に飲み込まれない。“ただのバイク好き”であり続けること。

それこそが、ジョアン・ミルというライダーの強さなのかもしれない。

元記事で読む
の記事をもっとみる