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32年前、アニメ映画の主題歌で4人は始まった ひと粒の雨に溶け合ったデビュー曲の物語

  • 2026.7.6
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GLAYのボーカルTERU(C)SANKEI

いま思い浮かべるGLAYは、HISASHIとTAKUROのギター、JIROのベース、TERUのまっすぐな歌声で街ごと連れていくバンドだ。函館の四人が自分たちの言葉で書き、自分たちの編曲で鳴らす、そういう輪郭のはっきりした姿が記憶の側に残っている。

ところが、メジャーの第一声は、その輪郭で立っていない。詞は自分たちの手から離れ、編曲も自分たちのものではなく、後半に至っては自分たちの楽器ですらない。別の人の手で衣装を着せられて世に出てきた、特殊なデビュー曲だった。

GLAY『RAIN』(作詞:YOSHIKI/作曲:YOSHIKI・TAKURO)ーー1994年5月25日発売

その違和感を腐すための一曲ではない。メジャー1枚目という事実を、肯定の温度で受け止め直すための一曲として読み直してみたい。

借り物の衣装を四人が選び取ったメジャー第一声

クレジットだけを並べると、不思議な配分の歌だ。作詞YOSHIKI、編曲YOSHIKI、作曲はYOSHIKIとTAKUROの共作。X JAPANのリーダーが新人バンドのデビュー曲を、ほぼ全方位でプロデュースしている。プラチナム・レコードというYOSHIKI主宰の新メジャーレーベルの設立第一弾アーティスト、というレーベル事情も背景にある。

きっかけはhideだった。GLAYのデモテープを早く聴くようYOSHIKIに勧めたhideがいなければ、この座組は組まれていない。新人の音源が大物の手元に届くまでの距離を、もう一人のX JAPANのギタリストが半歩縮めて橋渡しをしている。

ここで強調したいのは、YOSHIKIの仕事の大きさではない。当たり前の話だが、上の世代のロックの巨人が新人バンドの一曲目に全方位で関われば、サウンドはその人の手癖で覆われていく。問題はその手癖の濃さよりも、その服を着てメジャーの舞台に最初に立つことを四人が選んだ、その受け止め方のほうにある。

弾き語りの骨格に様式美が二層で重なる

作曲のクレジットにTAKUROの名が並ぶ理由は、本曲のもうひとつの顔につながっている。原曲は『JULIA (reason for so long)』というアマチュア時代のTAKUROによる自前の曲だった。

YOSHIKIは詞を全面的に書き換え、骨格となる旋律を残しつつ、そこへストリングスを纏わせ、後半は自らピアノを弾いた。表面の様式美はX JAPANのリーダーの手によるもの、骨格は若いバンドのギタリストの手によるもの。同じ歌のなかに、書いた年代も立場も違う二人の手が二層で積み重なっている。

楽曲はアニメ映画『ヤマトタケル』の主題歌となり、テレビ放送時にもエンディングテーマとなった。冒頭はピアノと厚みのあるストリングスが立ち上がってくる。バンドの演奏が走り、後半でピアノが残り、声と鍵盤だけで終端まで連れていく。スケールを画面に合わせる、という編曲家としての判断が、音響のレイヤーの設計に出ている。

スケールと身辺、両方の温度を抱えたバラードという、デビュー曲としては相当に器用な構造だ。それを後年になって振り返ると、GLAYというバンドがその後書き続ける市井の恋愛バラードの居場所が、ここですでに用意されていたように映る。

縫い込まれていた未来の輪郭

いま改めて再生してみると、若いバンドが書いたメロディと、上の世代の作家が後からまとわせた様式美が、ひと粒の雨のように溶け合って降ってくる。骨格と衣装、自前のものと借り物、その境目はもう判別がつかないほど馴染んでいる。

不思議なのは、それがデビュー曲一発で完成されてしまっていたという事実のほうだ。雨と涙の中心にひとつだけ灯される光、英語のフレーズで何度も呼び戻される祈り、後半のピアノとボーカルだけで残される静けさ。GLAYがその後20年以上書き続けることになる市井のラブバラードの、いちばん早い原型が、自分たちの手から離れたかたちで、ここに眠っていた。借り物の服のなかに、ちゃんと自分たちの未来の輪郭が縫い込まれていた。そう言いたくなる一曲だ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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