1. トップ
  2. ビジネス・マネー
  3. 21年前、突然“スケジュール真っ白”になった人気芸人…借金1000万→資産2億8000万円に大逆転した現在とは

21年前、突然“スケジュール真っ白”になった人気芸人…借金1000万→資産2億8000万円に大逆転した現在とは

  • 2026.7.3
undefined
出典元:photoAC(※画像はイメージです)

お笑い芸人として活動しながら50代で投資を始め、資産2億8000万円を築いたオモロー山下さん。投資で成功するまでの道のりには、数々の挫折と挑戦がありました。

今回は、芸人活動の裏で1000万円の借金を抱えながらも、自らの力で人生を切り開いていった山下さんの逆転劇をご紹介します。

【本記事は、オモロー山下・著『借金1000万円から億り人 じゃない方芸人の大逆転投資術』(KADOKAWA)より一部抜粋して掲載しています。】

芸人として順調だった生活が一変

1998年、お笑いコンビ「ジャリズム」として活動していた山下さん。デビューから7年目、マネージャーから突然1週間の休みを告げられます。

芸人にとって仕事がないということは、そのまま収入が途絶えることを意味します。さらに1998年にコンビは解散し、レギュラー番組も激減。収入はほぼゼロの状態になりました。

ただ、もともと贅沢をしない性格だった山下さんは、すぐに生活に困ることはありませんでした。上京した当時、山下さんは新中野の家賃8万円のアパートに住んでいたためです。

新中野を選んだ理由は、隣の駅という近距離に頼れる先輩芸人の宮迫博之さん(元・雨上がり決死隊)が住んでいたからです。当時は意識していませんでしたが、山下さんは後にこの「いざというときのために手を打っておく」という発想が、投資でいう「リスクヘッジ」だったと振り返ります。

その後、2004年にコンビを再結成し、テレビ出演の機会にも恵まれました。しかし2011年、相方の渡辺さんが落語の道へ進むことを決断し、山下さんは再びコンビ解散を経験します。

このとき山下さんの頭に浮かんだのは、1998年に味わった「スケジュールが真っ白になる恐怖」でした。

「今度こそ、自分ひとりで何とかするしかない。もう誰かが仕事を作ってくれるわけじゃない」

そう考えた山下さんは、自分の力で未来を切り開く必要性を強く感じるようになります。

運命を変えた一杯のうどん

転機となったのは、新宿で偶然入った一軒のうどん店「うどん 慎」との出会いでした。解散後、SNSでつぶやくネタがなくなり、「香川出身だし、うどんの食べ歩きでもつぶやくか」と思い立ったことがきっかけです。

「うどん 慎」は、一杯ごとに「打ち立て」「切りたて」「茹でたて」で提供することにこだわった、行列の絶えない人気店です。初めてその店のうどんを食べた山下さんは、そのおいしさに衝撃を受けます。

そして、「このうどん、俺が同じ味を出せたら絶対に儲かるな」と考えたのです。

今振り返ると、この発想こそが投資家的な考え方の原点だったのかもしれません。

良いものを見つけたら、それを広めることでビジネスを生み出す。後の投資にも通じる視点が、この頃から芽生え始めていました。

借金1000万円でうどん店を開業

1年間の修業を経て、「この味を東京の都心で出せば、絶対に勝てる」という確信を持った山下さん。しかし、飲食店を開くには多額の資金が必要でした。

当時の山下さんには十分な自己資金がなく、開業資金を用意することは簡単ではありません。

そんな中、今田耕司さんと宮迫博之さんからそれぞれ500万円を借り、2012年に「山下本気うどん」をオープンしました。

借金1000万円を抱えてのスタートは大きなプレッシャーでした。しかし山下さんは、そのプレッシャーがあったからこそ必死になれたと振り返ります。

自分で情報を集め、自分で判断する

うどん店の経営で山下さんが大切にしたのは、人任せにしないことでした。自ら現場に立ち、自分の強みを生かした経営を徹底したのです。

味の確認も店舗運営も、自ら現場に立って確かめる。さらに芸人の強み、メディア出演での宣伝を活用し、集客につなげました。

しかし、知名度だけでお客さんが定着するわけではありません。

話題になって来店した人が「大したことない」と感じれば、二度と来てくれないからです。そのため山下さんは、麺の茹で時間や出汁の温度、トッピングの配置に至るまで徹底的にこだわりました。

こうした「メディア出演の宣伝で集客し、味でリピーターを増やす」という考え方は、後に学ぶ投資とも共通しています。

値上がりする株も話題性で注目を集め、企業の実力によって投資家を定着させるのです。

苦手なことは専門家に任せる

一方で、経営において山下さんには苦手なこともありました。

それは数字です。

山下さんは税務については税理士に任せていました。しかし、それでよかったと今では振り返ります。

仕事も投資も、最終的な判断は自分で行う必要があります。しかし、すべてを一人で抱え込む必要はありません。

苦手なことは専門家の力を借り、自分は得意なことに集中する。この考え方もまた、山下さんの投資哲学の土台になっているといいます。

こうした積み重ねの結果、「山下本気うどん」は成功を収め、わずか2年で借金1000万円を完済することができました。

うどん屋を「資産」に変える

1000万円の借金を返し終えた山下さんは、「これで終わり」とは考えませんでした。自分が店に立ち続けなければ収入が止まる働き方では、本当の意味で自由にはなれないと気づいたのです。

そこで挑戦したのが、フランチャイズ展開や商標権の活用でした。

うどん屋を「自分が働く店」ではなく、「仕組みが利益を生み出す資産」へと育てていったのです。

これは、「労働収入」から「資産収入」へ発想を切り替えた大きな転機でもありました。

こうした挑戦を積み重ねた結果、借金1000万円を抱えた状態から10年で1億円の資産を築くことに成功します。

さらに、その資産を「投資」によって運用したことで、わずか4年で2億8000万円まで増やしました。

借金1000万円から資産形成の道へ

今回は、山下さんが投資を始める前の歩みについて紹介しました。

芸人として仕事を失う恐怖を経験し、借金1000万円を背負いながらうどん店を開業。さらに、自ら現場に立ち続けるだけでなく、フランチャイズ展開や商標権の活用によって「労働収入」から「資産収入」へと発想を転換していきました。

その過程で山下さんが身につけたのは、リスクヘッジの考え方、自分で情報を集めて判断する姿勢、そして苦手なことは専門家に任せ、自分の強みに集中するという考え方です。

これらはすべて、後に資産2億8000万円を築く投資哲学の土台となりました。

山下さんの歩みは、決して特別な才能だけでつかんだ成功ではありません。目の前の仕事に本気で向き合い、失敗や挫折から学び、一つひとつ行動を積み重ねた結果が、資産形成へとつながっていったのです。

私たちの日常や仕事の中にも、未来の資産形成につながるヒントはきっと隠されているはずです。


【本記事は、オモロー山下・著『借金1000万円から億り人 じゃない方芸人の大逆転投資術』(KADOKAWA)より一部抜粋して掲載しています。】