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adidasから日本代表「ドーハの悲劇」ユニフォーム復刻版が登場!森保監督も着た“90年代象徴ユニ”

  • 2026.5.27

スポーツメーカーのadidasは26日、過去の代表チームのユニフォームをリメイクした「FIFA World Cup Bringback collection」を発表した。

ここではその中から、日本代表の1993モデルをピックアップしご紹介したい。

Japan 1993 adidas Home Remake Kit

画像1: Japan 1993 adidas Home Remake Kit

日本代表 1993 adidas 復刻版 ホーム ユニフォーム

今回復刻されたのは、「ドーハモデル」としても知られるユニフォーム。ある意味では日本サッカーの象徴ともいえる懐かしいデザインが2026年によみがえった。

現在の日本代表指揮官である森保一監督も現役時代に袖を通したユニフォームだ。

それまでのテンプレート的な既製のものではなく、完全オリジナルのデザインを採用。幾何学的なグラフィックは八咫烏(ヤタガラス)の羽である。

画像2: Japan 1993 adidas Home Remake Kit

1992年に広島で開催し優勝したアジアカップの記憶も重なるユニフォーム。

だがこのデザインといえば、やはりカタールのドーハで行われた1994年アメリカW杯アジア最終予選となる。イラクとの最終戦のアディショナルタイムで失点し、本大会行きを逃した悲劇的な結末から「ドーハの悲劇」と呼ばれるW杯予選だ。

ゆえにドーハモデルとも呼ばれているが、厳密には「Puma製」が真のドーハモデルとなる。実は、当時はadidas、Puma、Asicsの3社が持ち回りでこのデザインを使用していた。

画像: 1995年アンブロカップ イングランド戦 (C)Getty Images
1995年アンブロカップ イングランド戦 (C)Getty Images

今では想像もつかない方式だが、当時は3社が同じデザインを使用し、約1年ごとにサプライヤーを担当していたのだ。

メーカーの変遷については、使用開始と終了の日付まで記すと複雑すぎてしまうので、大まかに説明すると、1992~93年がadidas、1993~94年がPuma、1994~95年がAsics、そして1995~96年は再びadidas、という流れである。

アイテム名には1993と付いているが、実際には92年から96年初頭までの3年半ほど使用した、息の長いデザインだった。

画像3: Japan 1993 adidas Home Remake Kit

当時のオリジナルは古着でも高価で取引されているだけに、今回の復刻を歓迎するユニフォームファンは多いに違いない。

そんな日本代表1993復刻ユニフォームは、adidasオンラインストアほかで販売中。

筆者:立野敦史(Qoly LFB Vintage)

Qoly × LFB Vintageでユニフォームなどを販売する傍ら、Qolyでユニ記事を執筆。 メタル/ハードロックをこよなく愛するが、ジャズから歌謡曲まで実はただの音楽好き。世界一美しいと思うエンブレムはサンマリノ代表の旧デザイン。

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