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嵐の札幌ライブに当選→飛行機がない… 移動に『21時間』かけた“最終手段”に「本当に苦痛だった」「母と泣き崩れた」

  • 2026.6.12
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photoAC(画像はイメージです)

日本のみならず海外にも多くのファンがいた嵐。コンサートのチケットは高倍率で、「当選しただけでも奇跡」と言われるほどです。そのため、会場が遠方であっても「何としてでも行きたい」と遠征を決意するファンは少なくありません。

NANA(@i_am_7___)さんが、「嵐のコンサートのため、母娘が選んだ驚きの移動ルート」についてThreadsに投稿し、「札幌、遠いですよね」と、話題になっています。

いったいどのような移動だったのでしょうか?

話題の投稿が、こちら!

Threadsで見る

 

嵐が活動休止前に開催したコンサートツアー。ファンにとっては「絶対に参加したい」と思うほど特別なライブだったはず。そんな貴重な公演のチケットが当選した投稿者さん。しかし、当選した会場は北海道。関西在住の投稿者さんにとっては、決して気軽に行ける距離ではありませんでした。

それでも、「次にいつ会えるか分からない」という思いから、お母様と一緒に参戦を決意。しかし、当時は飛行機の確保が難しく、通常の移動手段では現地入りができなかったそうです。

そこで選んだのが、関西から北海道まで21時間かけてフェリーで向かうというルート。簡単に諦めるのではなく、「どうすれば行けるか」を必死に探した末の選択、空路が無理なら海路で、という発想だったのでしょう。

さらに驚くのは帰り道です。北海道から韓国を経由して関西へ戻るという、思い切ったルートを選択。移動距離や移動時間を考えると、体力的にもかなり大変だったはずです。しかし投稿者さんは、その苦労も含めて「大切な思い出」だったと振り返っています。

そして、苦労の末にたどり着いた会場で待っていたのはアリーナ席。行き方を一緒に考え、長時間の移動を乗り越え、ようやくたどり着いたライブだったからこそ、その喜びは何倍にも大きかったのでしょう。思わず母娘で涙したというエピソードからも、その感動の大きさが伝わってきます。

そして、この遠征を語るうえで欠かせないのがお母様の存在です。娘さんの「どうしても行きたい」という気持ちに寄り添い、一緒になって移動手段を探し、長旅にも付き合ったお母様。その行動からは、娘さんの夢や楽しみを大切にしたいという深い愛情が感じられます。ライブの思い出はもちろんのこと、親子で力を合わせてたどり着いた道のりそのものが、母娘にとってかけがえのない宝物になったのではないでしょうか。

母娘で実現した“過去一の限界遠征”

投稿者さんに詳しくお話を伺いました。

---壮大な遠征ですね!当時、飛行機の確保が難しいと分かった際は、どのようなお気持ちになりましたか?

嵐の活動休止前、最後のコンサート。「次、いつ会えるか分からない」、そんな思いが強くて、何が何でも北海道に辿り着く方法を見つけたかったんです。母も、私にとって嵐が“青春そのもの”だったことを誰より分かってくれていて、「最後に絶対、嵐に会わせてあげたい」と言ってくれました。だから私たちは、“どうやって行くか”ではなく、“どうにかして辿り着く”ことしか考えていませんでした。

---活動休止前の最後のコンサートへの強い思いが伝わってきます。お母様のその言葉は、とても心強かったのではないでしょうか。また、船で向かう方法にたどり着くまでの経緯もお聞かせください。

関西からだったので飛行機は取れず、「飛行機が無理なら、船なら行けるんじゃない?」そんな発想で、北海道まで船で向かうことに。21時間の船旅は決して楽ではなかったけれど、船内で同じように札幌へ向かう嵐ファンの方をちらほら見かけて、みんな同じ気持ちなんだなと感じたのを今でも覚えています。

---飛行機が無理なら船で、という発想と行動力に驚かされます。船内にも嵐ファンの方がいたというのは印象的ですね。関西から北海道までの長時間の船旅で、特に印象に残っている出来事があれば教えてください。

正直、私は船酔いをしやすいので、21時間も船の中で過ごすのは本当に苦痛でした。それでも「これを乗り越えたら嵐に会える」、その一心で、必死に耐えた記憶があります。

---まさに「嵐に会いたい」という思いが支えになっていたのですね。到着後はどのような状況だったのでしょうか?

無事に北海道に到着し、ドームでチケットを確認すると、まさかのアリーナ席。母と大歓喜して、嬉しくて泣いてしまいました。母と一緒に行った嵐のコンサートの中でも、過去一番といえるほど良い席で、「大変な思いをしてでも、ここまで来て本当によかったね」と何度も話しました。

---21時間の船旅を乗り越えた先に、そんなサプライズが待っていたとは!復路を韓国経由にした理由も教えていただけますか。

帰りの関西行きのチケットもとても高く、韓国へ行く方が安かったこともあり、北海道から一度韓国へ飛び、そこから関西に帰ってきました。韓国にいても嵐のコンサートの余韻はまったく消えず、母とずっと嵐の話をしていたのを覚えています。

---大冒険のような遠征だったのですね。今までコンサートのために、このような大移動をされたことはありましたか?

今まで何度もコンサートに行きましたが、この時の遠征は間違いなく過去一番の“限界遠征”でした。何年経っても、母と「あの時、無理してでも行って本当によかったね」と振り返る、大切な思い出です。

---まさに、苦労も含めて忘れられない思い出になっているのですね。嵐への思いとお母さまとの時間、その両方が詰まったかけがえのない思い出ですね!

「どうしても会いたい」全国から集まった“限界遠征”エピソード

こちらの投稿には、さまざまなコメントが寄せられていました。

2年前、GLAYの埼玉県メットライフドーム遠征。夜の0時出発で神戸からスクーターで行きました。
高速に乗れないのでひたすら下道を15時間… 到着してそのままライブ。
そして来週はGLAYファンクラブ30周年記念ライブのために、イタリアのベネチアまで行きます
嵐のコンサートでは、札幌遠征が鉄板なのですが、今まで青森経由、秋田経由、女満別経由、そしてラストツアーの今年は釧路経由で札幌入りしました。
札幌、遠いですよねー。
私じゃなく友人なんですが、伝説のGLAY EXPO in 幕張に半日以上かけて大阪から在来線を乗り継いで遠征してました。当時まだ学生だったのでお金が無かったので。それを聞いたとき“スゲーッ!!”ってなりましたよ

投稿者さんからの「限界遠征エピソード」を受け、コメント欄には多くの体験談が寄せられていました。どの話にも共通しているのは、「どうしても会いたい」という強い思い。時間や距離、移動の苦労を乗り越えてでも足を運びたくなるほど、アーティストとの時間は特別なものなのでしょう。

苦労した道のりがあるからこそ、その日の感動はより色濃く心に残り続けるのかもしれません。

取材協力:NANA(@i_am_7___)さん

※本記事は投稿者に許諾を得た上で記事の制作・公開を行っています


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