1. トップ
  2. 恋愛
  3. 又吉直樹の新作小説『生きとるわ』を語る会/第6回「又吉さんの、文学というものをしっかり信頼している感覚みたいなものをすごく尊敬している」【加納愛子インタビュー】

又吉直樹の新作小説『生きとるわ』を語る会/第6回「又吉さんの、文学というものをしっかり信頼している感覚みたいなものをすごく尊敬している」【加納愛子インタビュー】

  • 2026.4.4

この記事の画像を見る

又吉直樹が6年ぶりとなる小説『生きとるわ』を上梓した。かつて高校の日本映画研究部で青春期を共に過ごした岡田や横井たちの38歳の年に起こった出来事を中心に描いたこの作品は、正しく生きたいのに時に道を踏み外してしまう岡田と、他人も自分も汚しながら奔放に生きる横井が対峙することにより、人間の善悪を考えさせる作品にもなっている。今回は又吉のファンであり、又吉と同じく大阪で育ち、芸人であり作家でもある加納愛子(Aマッソ)が、その両方の視点で『生きとるわ』を語る。

芸人の書く小説の醍醐味は、やっぱり「会話」だと思います

――昨年1月に配信された加納さんのYouTubeチャンネルで観たんですが、加納さんがご友人の好井まさおさんに頼んで、それで又吉さんに会われたんですね。

加納:そうなんです。シンプルに又吉さんの小説ファンだったっていうのもあって。

――どんなシチュエーションで初対面を果たしたんですか?

加納:その時はバーでした。芸能人が行く感じの隠れ家みたいな。ぱっと見「壁やん!」みたいな場所で会っていただきました(笑)。

――どんなお話になったんでしょう?

加納:小説の話はなんか照れくさくて聞けなかったっていうか、又吉さんのお話を聞いてる感じだったんですが、ちょうど『生きとるわ』を書いている途中で来年出すねん、みたいな話をしてはって。そこで冒頭だけ聞いたんです。なんか「アホな友達がいて、阪神の優勝の日に道頓堀に飛び込んでいるところに再会して……」って。でもお話を聞いた印象とは全然違いました。又吉さんは軽やかにお話されてたんですけど、そんなんじゃなかった(笑)。

――加納さんもエッセイも小説も書かれるので、芸人が小説を書くという道を切り開いて前を走る又吉さんとお話をしたかったということだと想像しますが、そういうことでしょうか。

加納:芸人で小説を書いている人はたくさんいるんですけど、特に又吉さんに会いたかったのは、自分の中にある内面性みたいなものを言葉に託すというか、文学というものをしっかり信頼している感覚みたいなものをすごく尊敬していて。芸人ってありがたいことに発表媒体をいっぱい持ってるんですよ。ネタだったら、舞台であったりラジオもあるし、出方によってはテレビもあるし、アウトプットできる環境がいろいろある中で、文学に託したんだっていう感動もあるし、そのすごさに対して関心もあって。

――そんな『生きとるわ』を読んで、どんな感想を持たれましたか?

加納:感情移入する部分が多かったのは岡田でした。自分に対しての罪の意識であったり、友達に期待したり、裏切られたり……。そんな自分を隠すところも好きだったり、嫌いだったり。いまの年齢で読んだときに、私の内省的な部分を岡田が代わりに考えてくれたと勘違いするくらい感情移入しちゃいましたね。

――ご結婚をされている加納さんは、岡田の妻である有希に感情移入されるのかな、と思っていたので意外です。

加納:この作品は阪神タイガースが日本一になった年に生まれた子たちの38年後、再び阪神が日本一になった年の出来事が描かれていますが、私も中学3年生のときに18年ぶりに阪神がリーグ優勝して熱に浮かれた大阪の街を体感しているんです。さらに親父がろくな人間じゃなかったり、兄貴にお金を貸していてなかなか返ってこなかったり(笑)。作中に出てくる情景が自分と重なることが多いんです。で、ちょうど『生きとるわ』を読んでいる頃に、私は大阪の実家にいたんです。それで冗談まじりで兄貴に「いつ返してくれるん?」って聞いたらそのときは返すつもりはあるみたいなことを言ってたんです。法事があって翌週に兄貴と2人で初めて飲みに行ったんですけど、思い出話をしているうちになんだかほだされちゃって、結局、「で、貸したお金は?」とは言えなかった……。そういう場でお金の話をするのは野暮な奴みたいに思われるのも嫌だったんですけど、後から考えるとめちゃめちゃムカついてきて。だから、30代半ばにして岡田の気持ちがすごくよくわかるというか(笑)。

――現在の加納さんのご年齢と登場人物の年齢は近いですしね。

加納:そうですね。30代の方が読んだらマジで響くと思います。あと、回想シーンの文章はいろんな意味ですごく眩しく感じたんです。岡田たちが高校の日本映画研究部で人生で初めて作品を作って、仲間と喜びを分かち合うシーンとか……まぁ、それも横井に台なしにされるんですけど。でも、私もまさしくその大学時代でそういうことがあったりしたので。30代って、なんか10代に立ち返るタイミングなんですかね。私も何か自分の正義感みたいなところと向き合うときに、原点みたいに10代のあの時代に立ち返ることがあって。そこを基準にしているわけではないんですけど、どうしても引き戻されるんです。本来の自分ってどうやったっけ? って考えたときに行きつくのが、打算的な部分がなかったと勝手に捉えている10代なのかなっていう気はしますけどね。

――加納さんにとって特に印象的なシーンはどこですか?

加納:冒頭ですね。又吉さんから元々はコントの設定だと聞いていた、岡田、大倉、広瀬が横井を見つけて詰めるシーン。そこで横井が、岡田と大倉には申し訳なさそうにしているのに、10万しか借金していない広瀬だけは呼び捨てにしているシーンは、この小説の核やなっていう感じがすごくしました。面白かったですね。芸人って、真偽だけではしゃべらないんですよ、嘘も大々的に正しいこととしてしゃべったり。このシーンの雰囲気に、又吉さんが“芸人の筋肉”で自然と書いているように感じたんですよ。実生活であんな横井みたいな奴がいたらヤバいんですけど、だから惹かれるんやろうなっていう感じがしますね、言ったもん勝ちみたいな。そこは強いですよね。

――又吉さん同様に、ネタも小説も書く加納さんらしい視点ですね。芸人さんが小説を書くうえで強みって何になるんでしょう?

加納:芸人の書く小説の醍醐味は、やっぱり「会話」だと思います。でも落とし穴もあって、私は指摘されたことがあるんですが、気をつけないとめちゃくちゃセリフが多くなってしまうんですよ。しゃべらせたくなってしまうんですよね。大事なシーンこそ、全部言葉のやり取りで場面を描いているような気はしますね。特に漫才師はそうなる傾向にあると思います。日々、思考をどうやって端的なワードに落とすかを考えているから。

――ネタを書くことと、小説を書くことは似ていますか?

加納:これが全然似てないんですよ。ちょっと恰好つけた言い方になってしまいますが、ネタはちょっと数学寄りというか。行けるか行けないか、通るか通らないかみたいな、「〇×」の感覚なんですよね。「ここちょっと弱いから、〇にしていこう」という作業みたいな感じで。小説にはそういう行為がないですよね。厳密には話のオチとして滑る感覚はあるかもしれないですが、どちらかというと、レゴで自分の好きな形の城を作っていくみたいな感じに近いかもしれないです。

人の善悪って瞬間瞬間に見える一面なだけであって、時には悪になったり時には善になったりするもの

――加納さんには、岡田と横井の関係性はどのように見えているんでしょうか?

加納:読者が男性か女性かによって違うかもしれないし、私は男性特有のニュアンスを汲み切れていないだけかもしれないのですが、2人が高校で出会った頃は、岡田は横井を下に見ているように感じたんです。でも、徐々に変わっていって大人になるにつれて関係がねじれていきますよね。小説には書かれていない何かが2人の間にあるのかもしれない、あるんだろうな、そんな風に思いました。横井って、話が進むほどムカついてきますが、会うたびにムカつくのに、なんか会っちゃう奴とかいますよね。誰かにとっての自分がそうかもしれないし。でも、そんな横井も父親に対してはちゃんと仕事をしている自分を演出したり、心配かけたくないっていうような、普通の“人の子”らしい振る舞いをしてもいたわけじゃないですか。だから一部分、一面だけで横井を「悪」とは判断できない自分もいて。

――自分にとっての善い人が別の人にとっては悪い人だったり、今は善い人でも明日もそうかなんてわからないですもんね。

加納:人の善悪って瞬間瞬間に見える一面なだけであって、時には悪になったり時には善になったりするもので、その比重を量れるものがあるなら「時間」なのかもしれないですね。どうしても一面を切り取って、「善い奴」とか「悪い奴」とか拙速に断定しがちですが、人間は一面では推し量ることはできない。そんなことを考えさせられました。

――既婚者として、岡田の妻・有希への感情移入みたいなものはなかったですか?

加納:これが全くなかったんです(笑)。岡田と有希のやりとりって、私にとってはけっこう知っている温度感だったからかもしれないです。小説の登場人物として確かにすごくキャラクターがあって面白いんですけど、芸人の間では、有希のような強さと寛容さを持つ嫁がエピソードとして語られるところがあって。だから有希と岡田の修羅場も含めた会話を読んでいると、嫁にしゃべってもらって助けられた芸人仲間のエピソードトークを聞いている気持ちになったりして(笑)。有希は唯一と言っていいほど、真っ当ですよね。そして真っ当であることに、彼女自身も誇りに感じている部分もある。だからこそ、作中の「正解」な存在なんだと思います。夫婦関係を否定された、嘘をつかれた、借金ある、浮気されてしかも2回も許しているんで、もう無理ってなるのは当然だし、有希は自分と向き合った結果、離婚を選んだんだなって。その部分は理解できました。

――そんな有希に捨てられて、仕事も失ったであろう岡田は、この後どう生きていくんですかね?

加納:38歳なんでね、かなりきついですよね。芸人を辞める奴を毎年のように見ているんですけど、晴れやかな気持ちで辞められるのは芸歴2、3年目くらいまでなんですよ。それ以降は続けたいけど辞めるって奴が多いから、諦めたみたいなニュアンスになってしまうんです。年齢が上がれば上がるほど、自分への期待は失った状態で辞めちゃうことが多いから……そんな芸人たちの顔をどうしても思い浮かべちゃうんです、岡田に対しても。幸せになってほしいですけどね。学生時代の中村くんの存在や、横井の生きざまを見て、岡田はこの後、もっと複雑な気持ちと向き合っていくんやろうなって思いますね。

――岡田への感情移入が強かったとお話されていましたが、加納さんは小説を読むとき、そして書くときに、共感を重要視していますか?

加納:私にとっては共感はそこまで大事ではないかもしれないですね。読者である私にとって、「共感できなかった=つまらなかった」にはなりません。逆に共感が多すぎると作品として評価できなくなってしまうので、読書体験としては「ちゃんと読めなかった……」くらいの感じになるかもしれません。そして、共感だけに飲み込まれてはいけないなと日々思っているんです。

――ところで、加納さんが芸人として活躍しつつ執筆をするようになったきっかけはなんだったんですか?

加納:実は大学時代に映画の脚本家を目指していた時期がありまして。なんやかんやで芸人を目指すことになって、そこからしばらく執筆は抜けていたんですが、「好きな本の書評を書きませんか?」と企画をいただいたことがきっかけで、エッセイを書くようになったんです。

――いずれにせよ安定とは程遠い人生の選択だったんですね。

加納:小さい頃から、自分が得意なこと、不得意なことを考えて生きていたわけではなくて、やれることを追い求めたら「今」という感覚ですね。だから脚本家や芸人になることは、実は確率が低いんだという意識がなかったかもしれないです(笑)。ギャンブルのような生き方をしているという意識はなかったです。楽観的ではあるかもしれないし、うまくいかなかった場合のことは特に考えてきませんでした。

――加納さんは現在、新たな小説作品をご執筆中ということですが、そんな加納さんから見て、又吉さんの小説の面白さはどこにあると思いますか?

加納:又吉さんの作品は『火花』しかり、『劇場』しかり、他人事ではいられないテーマなので、劇中の人物の頃の自分を引っ張り出される感覚になるんです。いざ自分が小説に挑戦してみると、本当に何か未開のところに飛び込んだという感覚がありました。慣れ親しんできたエッセイとは、また違う面白さというか苦労というか、違うことをやらせてもらっている感じが楽しくもあります。どうしてもエッセイは、表に出る自分の見え方を気にしちゃっていた部分があって、「これは書かない」とか、そういう選択をしちゃってきたんですが、小説だと違うんです。これはフィクションなんだと思ったら、もっと本当の気持ちを書けるというかストッパーが外れるような不思議な感覚があります。小説というジャンルで、又吉さんのような、又吉さんにしか描けない私小説的な作品を私がどこまで書けるか未知数ですが、私も伝えたいことを文学を信頼して表現できたらと思います。

撮影=渡邊秀一 取材・文=栗山春香

書名:生きとるわ

著者:又吉直樹

定価:2200円(10%税込)

発売:2026年1月28日(水)

発売・発行:株式会社文藝春秋

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163920603

元記事で読む
の記事をもっとみる